古代ヨーロッパのゲルマン民族の間では「ユール」と呼ばれる冬至祭が行われていました。北欧では、今でもクリスマスのことをユールと呼び、古来の祭りを伝えています。
先日、スウェーデンを本拠とする家具メーカー「イケア」のクリ スマスセールの案内が届き、その中に、クリスマス期間だけビュッフェが「ユールボード」スタイルになると案内されていました。ユールボードとは、ユールの期間に常に用意されるご馳走のことで、 北欧神話の神、オーディンに捧げられるものです。オーディンは恵みの神であると同時に死神でもあり、一年でもっとも夜が深まる冬至の夜には、オーディンとともに死者の霊や悪魔、魔女などが大挙 して地上に現れるとされ、これをご馳走で饗応して難を逃れ、新しい一年を迎える意味が込められていました。
東洋では、死者の霊がこの世に返ってくるのはお盆とされていま す。お盆に先立つこと15日、月初めのこの日を「釜蓋朔日(かまぶ たついたち)」と呼びます。釜蓋朔日に地獄の釜の蓋が開いて、そ こから亡くなった先祖の霊が出てくるとされました。この世へは長 旅なので、墓まで辿り着いたら長旅の労をねぎらいに迎えに行き、 ご馳走で饗応します。冬と夏の違いはありますが、このように西洋も東洋も同じような世界観を持っているのは、太陽信仰のような古 い信仰が、かつては世界中を覆っていた共通の信仰ではなかったかと思わされます。
ユールでは冬至に先立ち、森で木を伐採してこれにリボンをつけ て家へ運ぶユール・ログ(ユールの丸太)という儀式が行われます。ユール・ログでは、同行した者のうち最年少の者が丸太の上に乗り、 そのまま運ばれます。冬至の晩は薪にしたユール・ログを暖炉にくべて盛大に燃やすのですが、ユール・ログを燃やすことで、その炎 によって太陽の輝きを助けるという意味が込められています。また、 ユール・ログが燃える火の影に頭が映らなかった者はその年に死ぬとされたり、ユール・ログの灰は厄除けになると信じられています。ユールのご馳走であるユールボードの主役は、ユール・ログを模したケーキ「ブッシュ・ド・ノエル」ですが、これがクリスマスケー キの元となりました。
木を伐採するという儀式は、古代ローマのサトゥルナーリアにも あり、これは、まだ青い葉を付けた木を刈って、室内に運び込み、 春になると表に運んで植え直されました。これがクリスマスツリー の原型だといわれています。
ユール・ログに人を載せて運ぶという風習は、諏訪大社の御柱祭 を連想させます。御柱は諏訪大社に運ばれると境内の四隅に立てら れ、天と交信し神が依代とする標山(しめやま)とされますが、北欧でも木を立てて、これを神の依代とする風習が今でも残っています。5月のメイフェアでは「メイポール」が広場の中心に立てられ、夏 至祭でも同じように丸太が広場の中心に立てられます。この丸太の柱の周りで人々は踊り、メイフェアでは実りの季節の到来を祝い、 夏至祭では太陽の恵みに感謝を捧げます。ここにも見られる東西の共通性は、やはり太古の信仰が全地球的なものであったことの証明 といえるのではないでしょうか。
この聖地学講座の初回で、西洋では太古の祭祀遺跡の上にキリス ト教の教会が建てられているケースが多く、日本でも神社が同じよ うに太古の自然崇拝の遺跡の上もしくは隣接した場所に建てられていると紹介しましたが、それは太古からの「聖地」が、どんな宗教 にとっても聖地としての条件を満たしていて、他の土地で代替できるものではないことを示しています。
聖地とされる「場所」の特殊性を様々な角度から検証していくのが、この講座のメインテーマですが、場所を特定するための原理と してもっとも重要なものが太陽信仰であるわけです。太陽の運行に注目し、冬至や夏至、春分、秋分といった一年の節目に祭りを行う 太陽信仰が、後の様々な宗教にとっても基本的な世界観となってい ることが、キリスト教と古代の太陽信仰との習合に端的に現れてい ます。そのキリスト教と古代信仰との習合については、別に表で整 理しましたので、下記のリンクを御覧ください。
http://www.ley-line.net/calender_holy.pdf
ちなみに、冬至の儀式としては、日本では伊勢神宮の内宮へと向 かう参道に掛かる宇治橋が、冬至の朝日が昇る方向を指し示していることが有名です。冬至の朝、宇治橋では「ご来光」を拝む儀式が行われます。冬至の朝日の方向には内宮本殿背後のご神体山があり、 そこに祀られる太陽神である天照大御神とリアルな太陽が重なり合 います。
キリスト教が古代信仰を「邪教」として排斥しながら、じつはその邪教と習合した祭りを行うように、祟り神として朝廷から排斥さ れた太陽神=天照大御神は、やはり一年の区切りである冬至の日に崇められているわけです。
-----『聖地学講座 第12回』より抜粋
http://www.mag2.com/m/0001549333.html
**『祈りの風景』Kindle版で発売されました**
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