まさに、もう直前なのですが、7日の夜に新宿御苑にある「旅するカフェバー」で、ユニークなツアーを主催している「地球探検隊」の中村伸一さんと対談する予定です。
http://ameblo.jp/docue/entry-11415049280.html
私自身はツアーの旅というのはまったく経験がなく、若い時は気ままな一人旅ばかり、あとは仕事絡みの取材旅行ばかりで、どんな対談になるのやら見当がつきません。中村さんとはちょうど同年代で、彼はみんなが辺境地域へのワイルドな旅をしている頃にはヨーロッパを巡り、逆にバブル時代に贅沢な旅行が志向されていた頃はワイルドな旅をしていたという天邪鬼な人なので、同じ天邪鬼としては、共通点が見いだせて、楽しい対談になりそうだと期待しています。
私自身の今までの旅を振り返ってみると、若い頃は地図も持たず、気の向くままに進んでいくのが好きでした。前知識も先入観も持たずにする旅は、出会うこと全てが新鮮です。
今回話題にした記紀神話の故郷である奈良も、ちょうど二十歳の頃旅をしました。そのときは桜井市のユースホステルに一週間あまり連泊して、そこで出会った人たちと山辺の道を歩いたり、寺巡りをしました。高校時代には世界史をとっていたので、ほとんど日本史はチンプンカンプン。当時は古代から中世の日本の歴史にもまったく興味がなく、山の辺の道に沿って点在する寺社や古墳などが何を意味しているのかも皆目わかりませんでした。
それでも、奈良盆地を一望しながら辿ったあの時の光景は、今でもはっきりと思い出すことができ、今になっていろいろな資料を紐解いて、当時辿った場所のエピソードが出てくると、その場の空気感を伴ったリアルな感覚が湧き上がってきます。
気安く足を運ぶことができない海外の土地では、せっかく近くに行きながら、今のような知識がなかったせいで素通りしてしまったことが悔しく思うことがありますが、それでも、資料に登場する物件の近くの風景を思い出せば、そこから訪ねそこねた物件そのものの様子を、かなりリアルに思い描くことができます。
目的を持った取材旅行をするようになってからは、下調べをして、取材計画も練って訪ねることで、ある物件に秘められた意味などがより深く感じられ、充実感が得られるようになりましたが、それでも、ただ闇雲に動いていた若い時の経験も貴重だったと思います。
まさに「百聞は一見にしかず」。
今の若い人たちにも、ぜひともどんどん闇雲な旅に出てもらえればと思います。
『聖地学講座第11回』より引用 http://www.mag2.com/m/0001549333.html
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