死を愛することはできない
でも、死があることを知らずに
人生を愛することはできない
2010年のマン島TTレース。そのレース中に亡くなったレーサーの夫人の言葉だ。
100年以上続くモーターサイクルレースである「マン島TT(ツーリングトロフィー)レース」。一周60kmの公道コースを6周するこのレースでは、毎年レース中の事故でレーサーが亡くなる。去年は、日本人レーサーが亡くなった。
クラッシュの衝撃を和らげるウレタンクッションなどなく、石垣やカードレールもない路肩スレスレを、ときに時速300km以上のスピードで疾走していく。ほんの些細なミスが、即、死に繋がる。100年あまりのレース史で死者は230人を越え、負傷者まで入れればかるく1000人を越える。
2011年に公開された、前年のマン島TTレースを追ったドキュメンタリー映画"CLOSER TO THE EDGE"を遅まきながらビデオで観た。
映画は、このレースで絶大な人気を誇る一匹狼のレーサー、ガイ・マーティンを追っていく。「みんな頭のネジが緩んでいるんだ。クレイジーだ」と、彼自身が呟きながら、でも、そのグレイシーなライダーの一人であることに、喜びを感じている。
昔、ニュージーランド人ライダーのグレーム・クロスビーを取材した時、様々なレースで戦った彼も、いちばん心に残るレースはマン島TTレースだったと、嬉しそうに言った。
モーターサイクルのロードレーサーなら、誰もがこのレースが最高峰のレースだと思っている。かつては世界選手権のレースの一つに加えられていたが、あまりにも危険なため、世界選手権からは外され、今では独立した大会になっている。だから、優勝賞金も少ないし、ワークスチームも尻込みして参戦しない。それでも、やはりマン島TTレースを制したライダーこそがキングオブライダーだという認識は変わらない。
マン島TTレースがライダーを惹きつけるのは、それがまさに死と紙一重の世界であるからだ。恐怖心に打ち勝ち、死神と肌を触れ合うからこそ、生きている実感が鮮烈に感じられる。そんなライダーの生き様は、冒頭にあげた、亡くなったレーサーの奥さんの言葉に集約される。
多くのライダーがマン島の公道でクラッシュして、生死の境をさ迷いながらも、無事生還できれば、次のシーズンにはマン島にレーサーとして戻ってくる。
レーサー仲間は、レース中に亡くなったレーサーのことを聞かれると、「好きなレース中に死んだんだから、奴も本望だったろう」と、まったく同じ言葉を口にする。そして、みな、同じようなほほ笑みを浮かべる。
この映画を観ていると、俄然、自分もこのレースを走って、死神の息を感じてみたくなる…そんなふうに思うのは、今の自分が、死があることを忘れて、生ぬるく生きているせいかもしれない。
最近のコメント