復刊された『遊歩大全』。タイトルのレイアウトと色が1974年の日本版初版の雰囲気そのままで懐かしい。本家の"The complete walker"は、日本版の底本となった第二版が1974年、第三版が1984年、そして第四版が2002年に刊行されている。四版はチップ・ローリンズとの共著となった。
1968年、"The Complete Walker"というタイトルの分厚い本がアメリカで出版され、たちまちベストセラーとなった。
著者のコリン・フレッチャーがバックパックにキャンプの装備を詰め込んで、カリフォルニアの砂漠やグランドキャニオンを何週間もかけて徒歩で踏破した経験を元に、ウィルダネス(荒野)を旅するのに必要な装備やテクニックとともに、厳しい自然をどうすれば楽しむことができるのかを解説した自然描写の美しい作品だった。
日本版は、アメリカンアウトドアスタイルを日本に紹介し、フライフィッシングの第一人者でもあった芦沢一洋さんが翻訳し、「遊歩大全」というタイトルで1978年に出版された。芦沢さんの翻訳はさらに磨きをかけて描写が美しく、日本でもちょうどバックパッキングがブームとなりつつあったときで、バックパッカーのバイブルともいえる本となった。
ちょうどこの頃、ぼくも登山を始めたばかりで、またオートバイであちこちツーリングに出かけていたこともあって、この本をむさぼるように読み、ソロで大自然の中に飛び込んで、その自然の中に穏やかに溶けこむようにして一体となるキャンピングスタイルに憧れ、誰もいない草原や海岸で一人きりで夜を過ごしたものだった。
ちなみに、ぼくが1997年に開設して、いまだに続けている「アウトドア・ベーシック・テクニック」(http://www.obtweb.com/)は、「遊歩大全」をリスペクトし、新たな遊歩大全を目指して始めたものだ(その理想には、いつまでたっても遠く及ばないが)。
もう30年あまり前、ぼくが「山と渓谷」の編集部にいたとき、芦沢さんは本誌のアートディレクターをされていて、ときどきお宅にお邪魔して、芦沢さんの代表作である『アーバンアウトドアライフ』に記されたナチュラルな雰囲気そのままのリビングで様々な話を伺い、薫陶を受けたものだった。その芦沢さんも50代の若さで亡くなられてしまい、「遊歩大全」は長い間絶版となってしまった。
その「遊歩大全」が、昨年末にヤマケイ文庫から復刊された。以前のものはどこかに行方不明となってしまい、長らく座右の書にしていただけに寂しい思いをしていたので、さっそくこの復刊版を手に入れて、デスクの傍らに置き、パラパラとめくっては、初めて本書を手にとったときと同じウキウキした気持で、自由なフィルダネスの旅に思いを馳せている。
「遊歩大全」はバックパッキングのための道具の選び方からそのベーシックな使い方、さらに応用の仕方と、ノウハウが満載されてはいるものの、単なるノウハウ本ではなく、コリン・フレッチャー自身のウィルダネスでの体験をベースとして、自然と人との関わり合いについてまで深く考察され、想像の世界で彼とともにウィルダネスに身を置きながら考える思想書といってもいい内容になっている。
原著の初版が出版されてから45年あまり経ち(1974年に一度改訂されているので、そこから数えれば40年。日本版は今回の復刊も含めて改訂版を元としている)、掲載されている装備や素材などは、今ではだいぶ様変わりした。でも、コリン・フレッチャーが自らのアウトドアライフの理念とし、「遊歩大全」で表現したコンセプトは40年以上経った今も色褪せるどころか、ようやく社会が彼に追いついてきて、本書で語られる内容がより一層新鮮な輝きを放ち始めている。
自然を心ゆくまで堪能し、自然と同化して感動を味わいたいなら、装備を出来る限り少なくし、なるべく「素」のままで、光や風や雨を感じるのがいい。そのためにはキャンピングスタイルもなるべくシンプルなほうがいい。それは、アウトドアライフに限らずライフスタイル全般にいえることで、環境危機にある今、すべてはそうした立ち位置に戻って発想していかなければならないと思う。
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