今日は、雨の中、埼玉県の毛呂山町にまで足を伸ばし、トレイルランのオーガナイザーに会ってきた。昨今のランニングブームで、ロングディスタンスのランやトレイルランニングが流行っているけれど、オーガナイズする側になると、いろいろと苦労する場面が多いという。
自然を相手にするスポーツだから、みんなフェアでありマナーもいいはずだと思いたいけれど、そうじゃない幻滅させられる言動をする人間もいる。どんな世界にも、そういう輩はいるから、ランナーだろうがなんだろうが、人数が増えてくれば、鼻つまみ者が目立つようになってくる。どんな世界でも衆愚化してくるのは、世の常だ。
それはともかく、「これは、とっておきのトレイルなんですよ」とオーガナイザーが出したパンフレットを見て、思わず「懐かしい!」と興奮してしまった。
それは、奥秩父の雁峠から雁坂峠の区間をコースに取り込んだ、トレイルランの企画だった。「雁峠周辺から見る富士山が、いちばん美しいと思うんですよ。それで、このルートをコースのメインにしたんですよ」という説明に納得する。
奥秩父の稜線は何度も辿ったけれど、三峯山から金峰山まで連なる長大な稜線のうち、一番好きなのは、彼が言う雁峠から雁坂峠の間だ。
雁峠から北側は、稜線とはいっても、樹林に囲まれたロケーションが大半で、いくつかのピークからだけ展望が開ける。どちらかといえば、しっとりとした味わいのトレールで、自分と向き合いながら黙々と歩いて行くようなコースだ。
雁坂峠からさらに甲武信岳を越えて、その南側は、森林限界を越えるピークを連ね、ハイマツの中を縫って、ダイナミックな展望を楽しみながら行く本格的な山岳になる。
雁峠から雁坂峠の間は、樹林と草原とハイマツ帯が交互に現れ、ときには岩場の巻き道も出てきて、ちょうど北部のしっとりとした味わいと南部の本格山岳の雰囲気が入り混じっていて、飽きさせない。さらに、西に展開する富士山から南アルプスの風景が同じ高さの目線にあって、空中を浮遊しているような、独特の感覚が夢見心地にさせてくれる。
「内田さん、わかるでしょ」と、いたずらっぽい笑顏で水を向ける彼に、同じ笑顔を返す。
さらに、彼はいずれ、越後の山塊を舞台に、ルートファインディングをしながら進むトレイルランニングの大会を開きたいのだという。
「山、高きゆえに尊からず」とは大町桂月の言葉だったと思うけれど、若い頃は派手でスリリングな高山に臨みがちだけれど、だんだん、山の高さではなく奥行きに惹かれていくようになる。そして、既存のトレースを辿るのではなく、果てしなく広がる山襞の中に踏み込んでいって、自らルートを切り開きながら進んでいくオリジナルな山旅が最高の登山だと思うようになる。
越後の山塊は、そんなオリジナルな山旅をするには、絶好のロケーションを持っている。
冒頭にも書いたけれど、最近は、トレイルランがブームになって、普通のハイカーや登山者とのトラブルも増えている。だけど、彼が構想しているトレイルランなら、個々のランナーはそれぞれが自分のルートを切り開いていかなければならず、ハイカーや普通の登山者と交錯することもありえない。
そんなレースなら出てみたいなと思う。
GPSではなく、あえてコンパスを持ち、地形図と照らしあわせて、複雑に入り組んだ尾根や谷を見極め、着実にルートファインディングをこなして、ポイントを結んでいく。こんなレースなら、完走した時の達成感もさぞかし大きいだろう。
個人で自由にウィルダネスに踏み込んでいくには、周到な準備とリスク管理が必要になる。エイドもないから、必要な物資はすべて自分で背負うか、補給を考えなければならない。その点、レースとなれば、オーガナイザーがフォローしてくれる部分が出てくるので、だいぶハードルが低くなる。
昔、砂漠を舞台にしたオフロードレースに出ていたけれど、同じコースを自分一人で走ろうとしたら、労力も費用もリスクも途方もないものになる。オーガナイザーが設定した補給ポイントを繋ぎ、レスキューのバックアップもあるからこそ、余計なことは考えずにたのしむことができた。
日本の国土の70%は森林だ。そして、その大部分は滅多に人が踏み込まないウィルダネスだ。そんな手つかずの場所を舞台にしたトレイルランのレースが実現したら、日本のアウトドアシーン(ランニングシーン)が一層広がっていくだろう。
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