■屋久島の縄文杉が発見されるまでは、この石徹白の大杉が国内最大の杉とされていた■
陸前高田の海岸線は、かつて見上げると首が痛くなるほどの高さの松が7万本も並ぶ名勝地だった。311のあの日、巨大津波はその松をことごとくなぎ倒し、沖へと運んでいってしまった。
後には、樹高35mのひょろ長いたった一本だけが残った。
青い海と白い砂浜そして輝く緑が鮮明なコントラストを描いていた海岸は、無残ながれきに埋め尽くされ、どうしたわけかその一本の松だけが、ひとり取り残された案山子のようにぽつねんと立っている。
いったいどんな偶然の積み重なりが、7万分の1の確率でこの松を救ったのか、それはわからない。だが、壊滅した松林の中で、たった一本でも生き残ったことが、どれだけ陸前高田の人たちだけでなく東北の人たちを勇気づけたか知れない。
その「奇跡の松」も、上部のほんの少しだけの枝を残して津波に洗われ、根回りの土も海水が染みこんで、そのままではせっかく7万分の一の確率で生き残った命が失われてしまうのも時間の問題だった。
さっそく、東北復興の象徴ともいえるこの松を救う活動が始まった。
根回りの土が入れ替えられ。樹皮が剥がされた幹を養生する。その養生の作業を受け持ったのが、TMCA(ツリーイング・マスター・クライミング・アカデミー)の東北ブロックの面々だった。
TMCAは、欧米のアーボリスト(樹木の剪定などを行う技術者)が使う高い樹への登降技術を使って誰でも手軽に木に登れる「ツリーイング」というアクティビティを普及させている団体で、ぼくもその一員でありインストラクターとして体験会などを運営している。
このツリーイングに5年ほど前に出会い、気がつけばインストラクターとなり、仕事として高木剪定までするようになっていた。
「木登り」といっても、枝を掴んでよじ登ったり、日本の林業家のようにブリ縄(腰縄)を使って幹をよじ登るわけではない。高い枝にロープを掛け、そのロープに体重をあずけて登降するもので、どちらかといえばケービングに近い。まずは、そのテクニカルなロープワークが面白くてツリーイングにはまり、高木剪定をするようになってから、より複雑なロープワークや樹の特性を考えた体の使い方が必要となって、その面白さにのめり込んでしまった。
そして、ツリーイングの経験を積めば積むほど、樹の個性や林の植生などがわかってきて、樹がより身近な存在となっていった。
樹木はその種類によっても、またコンディションによっても、縋り付いたクライマーに伝えてくる情報が異なる。
樹皮の柔らかさ、風に対するしなり具合、葉や枝のつき方、樹幹のしなりが表す根の張り具合……それらが、個々の樹の個性と機嫌を端的に表す。
祈りの風景ダイジェスト版の掲載は終了しました。続きは下記電子書籍版『祈りの風景』にて
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