レイラインハンティングの旅をはじめてから、頻繁に出くわす人間たちがいる。「人間たち」といっても、現存する人物ではなく、過去、歴史に独特な足跡を残した人間たちだ。
なかでももっとも出会う頻度が高いのは空海だ。
弘法大師伝説は日本各地に残る。曰く、お大師様が杖をつくと、そこから水が湧き出し、その水を飲むとどんな病も立ちどころに治った。曰く、お大師様が願をかけて一体の観音を岩に刻んだ。その観音を拝むと、病気は平癒し、願いごとはかなった。
とある聖地からその聖地と関連のある場所を繋いで辿っていく。その過程で、弘法大師伝説に出くわせば、自分の聖地に対する見立てが合っていたことの証明ともなる。
ある聖地が別の聖地を指し示してると思えるケースがある。それを神話や文献を頼りに裏付けをとり、GPSを使って検証していく。そこで、弘法大師伝説に出会ったら、まさに「ビンゴ!」というわけだ。たとえばそこに、空海が一夜にして刻んだと伝えられる観音があれば、その観音が向く方向を調べれば、必ず次の手がかりに結びつく。『レイラインハンター』でも若狭の項でそんな具体例を紹介したが、他にも空海伝説がレイラインと符号しているケースは多く、意図せずに埋れた空海伝説に出くわすことも多い。
空海に次いで出会うケースが多い人間は泰澄だ。
泰澄は、白山を開山し、そのご神体として伊奘冉を比定した。そしてその本地仏として十一面観音を据えた。泰澄が日本の神仏習合を最初に体系化し、後に仏教界に大きな影響を与えることになる。
空海は水銀鉱脈を探して土地を調べ、仲間たち(空海本人が各地を巡ったというよりは、空海の配下の者たちが全国に散って水銀鉱脈を探していたといったほうが正確だが)に手がかりを残したが、泰澄は水銀鉱脈というよりも断層活動や造山活動が盛んな土地にある種の力を感じ、それを利用したり封じ込めるために様々な秘術を行った。『レイラインハンター』では能登に伝わるイルカ伝説と、それにまつわる泰澄の魔物退治を紹介したが、そのエピソード以外にも、しばしば、泰澄が土地に残した痕跡と出会う。
さらに泰澄と同時代の行基の痕跡にも出会うことが多い。
行基もまた、「土地」に注目し、個々の土地が持つ雰囲気を感じ、それを具現化した仏像を残したり、土木工事によって土地を改変したりした。
そして、少し前のコラムでも紹介した円空。
円空はレイラインハンティングをきっかけに出会うようになったのではなく、学生時代に飛騨丹生川の千光寺で円空仏と出会いそれ以来惹かれ続けてきた。
泰澄と行基のは7世期に活躍した僧侶。空海は彼らの一世紀後、円空はずっと時代を下って江戸時代初期17世紀の人間だ。
時代と空間は隔たっているが、泰澄、行基、空海、円空に共通しているのは、彼らがいずれも若い日に修験道の修行に励み、その過酷な自然に身を晒す修行体験の中である種の悟りを開き、密教の境地に達したこと。そして、神仏習合のシステムを生み出し、それを洗練させていったことにある。
彼らはみな、大地に神が宿り、人と大地=自然が感応し合うことで人は大地の恵みを享受し、また、大地を生かすことが出来ると考えた。
大地に眠る龍を呪術によって調伏した泰澄、数々の土木工事を行って荒ぶる大地の神を鎮めた行基。空海は泰澄的な要素と行基的な要素を併せ持ち、さらに広い視野と明確な目的を持って、様々な仕掛けを大地に施していった。そして、円空は、ただひたすら土地に眠る神を発掘し、仏としてそれを具現化し、寿いでいった。
泰澄、行基、空海、円空、彼らは、常に地霊=ゲニウス・ロキを意識し、ゲニウス・ロキとの交感によって、それぞれの業績をあげていった。
最近では、レイライン探索の旅をしているのは、じつは彼らの意識に同化するためなのではないかという気がしている。
梅原猛は、著書『歓喜する円空』の結びに印象的な一文を掲げている。
「円空は護法神を多く作って、日本の神々が全て護法神となって仏法を護ることを願ったが、円空以後、仏法を排斥する神の学、国学というものが起こり、明治維新を迎える思想の原動力の一つとなり、明治新政府をして神仏分離・廃仏毀釈の政策を採らしめた。まさに円空の期待に反して神が仏を滅ぼしたのである。しかしその神は円空のいう、縄文時代の昔から日本にいる神々ではなく、新しく作られた国家という神であった。じつはその新しい神は、仏とともに日本のいたるところにいた古き神々をも滅ぼしたのである。そしてそあたらしき国家という神もまた、戦後を境にして死んでしまったのである。こうして日本は世界の国々の中でほとんどただ一つの、少なくとも公的には神も仏も失った国となったのである。 神仏を殺した罪は大きい。いろいろな祟りが今、例えば国の指導者である政治家や官僚の腐敗や青少年の怖るべき犯罪となって現れつつある。円空はこのような問題の根源がどこにあるかを像や歌で秘かに語っているように思うのである」
忘れられた神々を発掘すること、それを、泰澄、行基、空海、そして円空が今でも訴えているのかもしれない。
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