昨日は埼玉県の桶川市にある城山公園で、高所剪定の特訓を受けた。
高所剪定とは、ツリーイングの技術を使って高い木に登り、ロープやランヤードと呼ばれる支持具などを使って体を確保して、高所作業車が入れなかったり、届かなかったりする枝を落とし、時には上部から木を伐採していく技術で、欧米のアーボリストたちがよく用いている技術だ。
今までは、主にレクリエーションとしてのツリーイングを普及させるべく、インストラクターとして体験会やらワークショップに関わってきたが、様々な木に接しているうちに、「やはりレクリエーションとしてだけではなく、木ともっと深く関わるスキルと感覚を身につけなければならない」と感じて、高所剪定の経験を積むことに決めたのだ。
普段のツリーイングイベントでも、樹上で作業することは多いが、その際は、はじめから動きやすく安全性の高いポジショニングができるようにルート設計をして、自分にも体験者にとっても木の上で安心していられるようにセッティングする。だが、高所剪定の場合は、剪定すべき枝や危険な掛かり枝が、いつも作業しやすい位置にあるとは限らない。むしろ、そんな都合のいいケースは滅多に無い。さらに、自分の体を確保するためのアンカーも取りづらい位置にあって、アクロバティックな格好で作業しなければならないケースが多い。
いかにポジショニングを工夫するか、剪定した枝を作業者にも地上要員にも危険がないように降ろすための鋸の当て方などのレクチャーをまずは地上でみっちり受ける。今回は手鋸レベルだったが、それでも自分を支持しているロープに歯が当たれば、ロープは一瞬で断ち切られて墜落してしまう危険性がある。次回はチェーンソーだが、これはもうミスに気づいたときにはすでに遅い。危険性の一々を地上で聞いているだけで、普段のツリーイングイベントとはかけ離れた緊張感に襲われて、想像しただけで嫌な汗が吹き出してくる。
今回は、ちょうどよく、公園管理事務所のほうから、「気になる枝があるので、できれば落として欲しい」というオファーがあった。
ソメイヨシノの林の中に草地があって、ピクニックが楽しめるようなテーブルとベンチのセットが設置されている。その一角にオファーを受けた柳の大木があった。
見上げると、樹冠近くにあった大きな枝が折れて途中で引っかかっている。風が吹いてこれが落ち、下にいた人にでも当たれば、たいへんなことになる。
アーボリストが使う俗語では、枯れて折れかかった枝を「デッドブランチ」と呼び、「途中に引っかかった枝を「ウィドウメーカー」と呼ぶ。デッドブランチはそのままの意味だが、ウィドウメーカーはこうした枝を落とす作業中に事故にあって亡くなるアーボリストが多く、それを称して「後家さん作り」というわけだ。
この草地の周囲を見渡すと、ソメイヨシノのほうにもデッドブランチやウィドウメーカーが多いが、それはあまり太い枝でもなく高いところに引っかかっているわけでもないので、普通に造園管理作業で取り除くことができる。
今回ぼくにマンツーマンでついてくれたのは、古い友人でありツリーイングクライマーとしては大先輩の梅木智則氏だが、彼もじつは柳の木に登るのは初めてであり、しかも一見しただけでかなり弱っているのがわかるので、とにかく慎重に取り組もうと申し合わせた。
幹周2mほどで樹高は30mあまり、良く観察してみると、大きなウィドウメーカーだけでなく、幹から最初に分かれた大きな枝も枝先には葉がないものが多い。根周りも苔がついて湿っていて、安定感がない。
木にロープを掛けるために、まず細いラインに錘を付けて狙った木の俣に投げるのだが、目標を外れて引っかかった枝から錘を落とそうとすると、ほんの少しテンションをかけただけなのに、その枝そのものがバキッと派手な音を立てて落下してくる。柳だから枝はかなり柔軟性があるはずなのだが、あまりにも手応えがなさすぎる。
この状況に、梅木氏も口数少なく,真顔になっている。
なんとか体を支えてくれる木の俣にロープをかけて登って行くが、体重をかけると、この大木自体が、ギシギシと悲鳴をあげる。
登ってみると、柳は上に向かって枝を伸ばすので、枝の又にはブーツのソールが収まらず、安定して立つことができない。仕方なく、縦に伸びた枝に足を掛けて突っ張ると、その枝が目の前でいとも簡単に折れて、いきなりステップを失った体が空中できりきり舞いする。
梅木氏は、樹冠近くの又に掛けたアンカーに体重をあずけて、数少ない横に伸びた枝を伝ってリムウォーク(枝の上をステップにして渡っていく技術)していくが、ちょうどその枝の中間点を過ぎたところで、唯一体を支えているアンカーが、ビシッという音とともにガクンと動いた。
梅木氏本人も肝を冷やしたが、ぼくは、一瞬のうちにその後の状況を想像して、レスキューの段取りを考えた。もし墜落しても、上のほうにアンカーをとったおかげで、途中の枝に引っかかりながら落ちていくだろう。でも打ちどころが悪ければ命に関わることは間違いない。
そのままなんとか枝が持ちこたえて宙吊りになったとしたら、彼が下手に動くと墜落してしまうし、自分も下手に動いて木に振動を与えれば同じ結果になってしまう…。
地上15mで宙吊りになりながら、そんなことを想像するのは、まったく精神衛生上よろしいことではない。
音のしたアンカー付近を見上げると、幸いなことに、梅木氏のアンカーが掛かっている又が裂けたり、その部分の枝が折れたのではなく、アンカーを取るために又に掛けたロープスリーブが下から伸びた枯れ枝に噛んでいて、梅木氏がテンションを掛けたために、その枝の方が折れたのだとわかった。
それを確認して、胸を撫でおろしたが、梅木氏もぼくも行きが落ち着くまで、しばらく動くことができなかった。
その後は順調に、ウィドウメーカーを処理し、他の枯れ枝も剪定していった。ぼくのほうはほとんど足場を取ることができなかったので、樹上で最初にとったアンカーと反対側にロープエンドを投げて、もう一つアンカーを取り、ダブルクローチングという技術で左右に移動しながら、枯れ枝を見つけると、ランヤードを幹に掛けて体を引きつけ、時には逆立ちのような姿勢になりながら、なんとか作業を続けた。
1時間あまり、このやっかいな柳に取り付いて、地上に降りると、極度の緊張から解放されて、思わず腰が抜けそうになった。高所剪定の訓練のはずが、いきなり難度の高い実践となって、いい勉強になったが……。
落とした枝を切りそろえ、ほっと一息。汗を拭うと、無性に右手の内側から上腕にかけて痒い。見ればびっしりとかぶれたように赤くなっていた。枯れ枝を切ると、中から小さな蟻が噴水のように湧き出したが、気づかないうちにそいつらに噛まれたようだ。また、右手の親指に鋭い痛みを感じたので見てみると、爪の間に深々と刺が刺さっていた…後で箸を持とうとしてもいたいほどだった。
難作業を終えて、あらためて梅木氏と林を検分してみると、すぐ近くに、ぼくたちが取り付いたのよりさらに大きい柳が根元近くから亀裂が走って今にも倒れかかりそうになったり、樹皮が苔に覆われた木がたくさんあった。
レクリエーションとしてのツリーイングをするようになってからも、年々木が弱り、森や林がまるで木々の老人ホームのようになっていくような気がしていたが、高所剪定という視点で見ると、ほとんど瀕死の木だらけに見えてきた…それらも、今ならまだなんとか手入れをすれば、少しずつ元気を取り戻していくとは思うのだが。
>電話番のフーさん
コメントありがとうございます。
この一週間、昼間は現場仕事で、夜は早々にダウンしてしまい、返事が遅れて失礼しました。
四国には巨樹がたくさんありそうですね。
今度,空海の足跡を取材するときに、巨樹も一緒に訪ねてみます!!
投稿情報: uchida | 2010/08/23 16:32
こんにちは。
気の抜けない大変な作業ですね。
私は神社巡りをするようになってから、樹木に関心を持つようになってきました。徳島の里山も崩壊していきているなと、素人の私でもわかります。
徳島県美馬郡つるぎ町一宇というところは、日本でも有数の巨樹王国だそうです。「赤羽根大師のエノキ」や「蔭・白山神社のモミ」や「アカガシ」、「葛篭のヒノキ」、「桑平の杉・トチの木」などなど・・・立派な木がたくさんあります。四国に来られて、もしお時間がとれたなら、是非巨樹に会いに行ってください♪(と、言いながら自分自身がまだ行ったことありませんが・・・笑)
投稿情報: 電話番のフー | 2010/08/19 10:23