連日、遅くまでの編集作業が続いた11日の深夜、ぼくは交通事故に遭った。
深夜0時過ぎ、新橋の仕事場からオートバイでいつもの道を通って自宅へ戻っていた途中、
Y字路で右折信号が出るのを待っていたとき、突然凄まじい爆発音がして、ぼくは左半身に激痛を感じると同時に、
路上に投げ出された。
オートバイと一緒に右側に倒れていきながら、一瞬前方を見やると、
グレーのミニバンが交差点の中央を蛇行しながらそのまま逃走していく……「ひき逃げ!?」……
その卑怯なクルマの後ろ姿が目に焼き付いた。そして、路上に倒れ落ちるコンマ何秒かの間に、「信じられない!?」
という呆然とした意識から、「あいつ、ただじゃ置かないからな」という強烈な憎悪がわき起こった。
そして、路上に投げ出されて動けないぼくを、
ひき逃げ犯の後ろを走っていた個人タクシーの運転手さんが急停止して飛び出してきて、抱き起こし、その後、
素早く携帯を取り出して救護と手配を要請してくれた。
ほどなくして救急車が到着し、なんとか衝撃から立ち直って歩けるようになったぼくは、それに乗り込んだ。
検査では幸いなことに骨折もなく、打撲だけで済んだ。
ぼくのオートバイの後ろに装備したパニアケースがフレームごと千切れ飛んで、それが左半身を強打したその打撲のようだった。
「もう10cmか20cm右側に当たっていたら、命はなかっただろうね……」
と現場検証してくれた警官も絶句していたが、たぶん60km/hや70km/hは出ていて、しかもノーブレーキで突っ込まれたのだから、
軽傷で済んだのは本当に奇跡的だった。
ぶつかられた瞬間、変な話だが、ぼくは仕掛け爆弾の待ち伏せ攻撃を食らって、ここで即死するのだと思った。
それほど衝撃と音は凄まじかった。
怪我が軽く済んだのも不幸中の幸いだが、その後、
個人タクシーの運転手さんの迅速な通報で犯人がすぐに逮捕されたのも幸いだった。
西新宿にある小さな会社の役員を務める38歳のこの男は、ぼくが警察で事情聴取されている間に到着して、
一瞬顔を合わせた。
「犯人がもうすぐ到着するけど、面見てみる?」
と警官に聞かれ、そのときは、半殺しの目にあわせてやろうかとも思った。
それを見越してか、警官は、
「これから捜査しなければならないから、話はしないでくださいね」
と釘を刺したが、
右前面が大破したミツビシのミニバンの前でオドオドしているいかにも気の弱そうなこの男を前にしたら、怒る気力も萎えてしまった。ただ、
こんないかにも人間の屑にひかれて死んでいたらオレも浮かばれなかったなと、逆に笑いそうになってしまった。
人間だから、過失ということはある。だが、その過失に責任をとらなければまともな人間ではない。
「被害者がこうして五体満足でいられたのを感謝しろよ。だけどな、
重大犯罪を犯した責任はしっかり取ってもらうからな」
と、警官に叱責されて、ぼくの存在に気づき、
「あなたが……、本当に申しわけございませんでした」
と、泳いだ目を向けて俯くいかにも知能程度の低いこいつには、哀れみすら感じた。
その場で、自分が犯した過失の責任を取るためにしっかり踏みとどまっていれば、人身事故とはいえ、
こちらは全治3 週間ほどの打撲傷だけで、物損もすべて保険でどうにかなって、せいぜい行政処分で終わったはずだ。だが、
そうしなかった無責任の代償は大きい。免許が取り消しなのは当たり前だし、懲役もつくだろう。
別にこんな卑劣漢のことを心配するつもりなどないし、立件のための事情聴取では、「許し難い卑怯な人間なので、
ぜひともできるかぎりの厳罰に処して欲しい」と、調書を締めくくってもらった。それにしても、その場で少しの機転を働かせれば、
逃げればとんでもないツケを払わされることぐらい気づいたはずだ。
そんなことがあり、さすがに数日は痛みも激しく、内出血や関節の痛みなどの後遺症も続いて病院通いをして、
ようやく数日前から足を引きずらずに歩けるようになった。そんなときに、
子供をはねた上に証拠隠滅のために離れた場所に運んで隠したなどという前代未聞のひき逃げ事件が起きて、さすがに胸が痛んだ。
それにしてもこのところ飛び出すニュースはこの手の卑劣な犯罪のニュースばかり。
先日の和やかで幸せに満ちたキャンピングとまったく対照的に、闇はますます深くなっているのかもしれない。
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