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レイラインハンター内田一成の「聖地学講座」
vol.171
2019年8月1日号
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◆今回の内容
○体感するということ、オートバイの話など
・峠を越えると空気感が変わる
・感覚・意識が拡張される瞬間
◯お知らせ
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体感するということ、オートバイの話など
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これを書いている今は7月29日の夜ですが、つい先ほど、関東地方も梅雨明けが宣言されました。例年より10日遅く、昨年と比べるとじつに50日も遅い梅雨明けでした。
例年ならば、太平洋高気圧が張り出してきて、梅雨前線を北へ押し上げることで梅雨明けになるのですが、今年は、日本の南海上に発生した台風「ナーリー」が紀伊半島に上陸して、そのまま中部を通過して関東に抜け、梅雨前線を消滅させる形となりました。日本近海で台風が発生するのも異例なら、そのコースも異例でした。いっぽう、ヨーロッパではでは、観測史上初という45℃を越す熱波に見舞われています。
現代の気象は、今まで経験したことない推移を示し、まったく予測がつかなくなってしまいました。たしかに、気象衛星や超高速コンピュータのシミュレーション技術などは、昔よりもはるかに発達しましたが、まるでそれを嘲笑するかのように、とんでもないところで台風が発生したり、迷走したりします。今回の台風「ナーリー」も、まさにその典型のようなものでした。
そのナーリーがまさに紀伊半島に上陸しようという時、私は北陸をオートバイで走っていました。数日前に自宅がある茨城県から出発して、長野県の諏訪、岐阜県の高山と巡り、富山に抜けて、そのまま能登半島へ足を伸ばそうと考えていたのです。台風は、太平洋岸をかすめて東に逸れると予想されていたので、進路がそのままなら台風の影響は受けないはずでした。ところが、台風は東に逸れずに北上してきたので、直撃が免れそうにありません。
これはもう、予報などあてにできないと判断して、自分の観天望気の経験と勘に頼りながら、なんとか台風を避けて進んでいくことにしました。富山湾に面した海岸から対岸の能登半島を眺めて、その山並みの濃さの変化を気にかけ、さらに、空全体を見渡して、雲の種類とその動き、そして空気の湿度や微かな匂いなど、五感を総動員して、関東へ帰還するためのルートとタイミングを判断しながら走りはじめました。
結局、台風を取り巻く雨雲塊の端をかすめるようにして帰ってきました。局地的にパラパラと小雨に降られることはありましたが、懸念していた雷雨などには遭わず、レインウェアを着ることもありませんでした。
不思議なもので、オートバイに乗っていると、予報よりも自分の勘を信じたほうが雨や嵐に遭わずに済むことがよくあります。それは、全身を外気に晒す乗り物だから、環境の変化にとても敏感になることはもちろん、五感を総動員しつつ、また危険をなるべく早く察知しようという意識が強力に働くことで、感覚や意識が通常の状態よりも大きく拡張されるためであるように思えます。
聖地を巡っていていつも思うのは、聖地があるその場所が、昔の人にとっては、あからさまに他とは異なる「何か」を感じさせる場所だったのだろうということです。また、彼らは今の私たちよりも、ずっと感覚が鋭敏で、他と異なる性質をもった土地を嗅ぎ分ける能力に長けていたのだろうと。さらにそれは、オートバイ乗りとしての私の体感に、とても近いのではないかと思うのです。
●峠を越えると空気感が変わる
峠に向かって登っていけば、高度を上げるに従って涼しくなっていくし、乾いた里の匂いが薄れていって、代わりに潤いのある緑の匂いが強くなっていきます。そして、峠では、里の匂いは感じられなくなり、自然の香りが濃厚になります。昔、里人は、峠を越えることは一つの冒険で、峠では魔に出くわすことが多いから、足早に通り過ぎたといいます。以前、山の民の話でも書きましたが、山の民は山の稜線を辿っているので、峠は里人と山の民が遭遇する場所でした。里人は、稜線を獣のように駆け抜ける山の民を目撃して、人ではないと恐れたのでした。
岐阜県と福井県を分ける温見峠は、泉鏡花がここで『高野聖』の発想を得たところとして知られています。どちら側の里からも20km以上も離れ、鏡花が訪れた往時を偲ばせる場所です。今でも、この峠を越えていく車はほとんどなく、峠に達して、オートバイのエンジンを切ると、途端に、高野聖のように物の怪の使いである獣たちに取り囲まれそうな不安に襲われます。そんなとき、鏡花がここで抱いた気分や、昔の里人たちの気持ちが自分ごとのように蘇ってきます。
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