2016年は、「労働とは何か?」「貨幣とは何か?」「資本主義とは何か?」が問われはじめるキッカケが生まれた年だった。
来年は、それに加えて「知性とは何か?」「人類とは何か?」といった問いが、早まりつつあるシンギュラリティを意識して、本気で考えなければならない年になりそうだ。
「私たちが真剣に受け止めなければいけないのは、歴史の次の段階には、テクノロジーや組織の変化だけではなく、人間の意識とアイデンティティの根本的な変化も含まれているという考えだ。そして、それらの変化は本当に根源的なものとなりうるので、『人類』という言葉そのものが妥当性を問われる」(『哲学者たちは今何を考えているのか』)…それは、突き詰めれば「意志」の問題、「私たちは何になりたいのか」という問題。「人間強化問題」といわれるものだ。
「わたしはあなたがたに超人を教える。人間とは乗り越えられるべきものである。あなたがたは、人間を乗り越えるために、何をしたか。…人間は動物と超人のあいだに張り渡された一本の綱である。…人間において偉大な点は、彼が一つの橋であって、目的ではないことだ」(『ツァラトゥストラ』)。ニーチェの「超人」はナチスの「優越人種」理論に利用されてネガティヴなイメージが付いてしまったが、シンギュラリティが本気で語られる今になって、その本来の意味を取り戻した。
そんな現在性から見ると、トランプが大統領に選ばれたり、退化としか思えない歴史修正主義が出て来るというのは、一種のラダイト運動なのかもしれない。
小池百合子知事ではないが、「否応なくアンシャンレジウムは破壊されていく」そんな2017年になりそうな予感がしている…というよりも、その先頭にいたいと思う。
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