アメリカは、イラクのフセイン政権を倒すために、核疑惑を捏造したが、その疑惑の証拠が希薄であることを自覚していたので、フセインがアルカイダに援助をしているという「オマケ」をつけることにした。
911のトラウマが色濃かった当時のアメリカ国民にとって、アルカイダと関係があるということ一つだけでも鉄槌を下すだけの十分な理由になりえた。
ところが、フセイン政権を武力侵攻によって打倒してみたが、各疑惑もアルカイダとの関係も、まったくの濡れ衣であることが判明した。
フセインがアルカイダと関係がある証拠とされたのは、アル・ザルカウィという無名のチンピラあがりのテロリストが組織した「イラクのアルカイダ」がイラク国内を本拠に活動していたことだった。
「イラクのアルカイダ」は、アルカイダと名前はついているものの、一時的にアルカイダと共闘しようとしてつけた名前で、本来、アルカイダとは方針が異なり、すぐにアルカイダとの関係を断って、「イラク・イスラム国」と改名する。
しかし、アメリカがアル・ザルカウィを名指ししたことにより、彼はいきなりテロリスト界のスターとなり、様々な思惑を持つ国や集団から、彼に資金が集まることになる。アメリカは、放っておけば自然消滅したような集団にわざわざ塩を贈って、今日の最大の敵を創りだしてしまったわけだ。
ザルカウィは、目立ちたがり屋で表に出すぎたために、2006年に暗殺される。その後を引き継いだのが、アル・バグダディという緻密な頭脳を持ったイスラム神学者だった。
バクダディはザルカウィとは対照的に、表にほとんど顔を出さず、地道に組織を構築していった。そして、自らの組織を「イスラム国」と改名する。
イスラム国は、バグダディを「カリフ」とする、正統なイスラム国家として自らを位置づけて、二つの大戦で欧米にとられたイスラム帝国の領土を回復するとともに、イスラム教の伝統に則った国家を樹立して、オスマン帝国の失地を回復することを目標にしている。これは、一見、タリバンと同じではないかと思えるが、タリバンは中世から近世のイスラム国家への復古を目標としているのに対して、バグダディは、イスラム法を順守しながらも、現代文明の恩恵は受け入れて、これを活用した新しい形のイスラム国家をイメージしている。だからSNSやYOUTUBEなどのツールを活用し、ハッキングも重要な戦線の一つと位置づけている。
スンニ派であるイスラム国がシーア派の国や組織を敵として位置づけていることを我々は不思議に感じ、どうして同じイスラム同士で内ゲバのようなことを繰り返しているのだろうと思う。誰が正統なカリフであったかで立場が異なる二派は、日本でいえば天皇家の正統が南朝なのか北朝なのかといった議論に似ている。南朝の系統は途絶えているので、今は対立軸にはならないが、もし今まで続いていたら、血みどろの内戦が続いていたかもしれない。
スンニ派がシーア派を憎悪するのは、カリフの正統性の主張の違いだけではない。イスラム世界は、13世紀にモンゴル帝国の侵略を受けて、本拠地であるバグダッドを徹底的に破壊されるという屈辱を経験した。そのとき、モンゴル=タタール連合軍に内通したのが、シーア派の高官だった。そのことは今でもイスラム世界のトラウマであり、スンニ派がシーア派を憎悪する大きな要因になっている。さらに、欧米列強がアラブを植民地化したり、第二次大戦後もシーア派の国々が欧米追従の体制を続けてきたことも、根深い憎悪に結びついている。
イスラム国がシーア派を明確に敵として攻撃するのは、そういった背景がある。そして、それは、長い間シーア派に抑圧されてきたスンニ派やその他の少数派のシンパシィを得て、支持者を増やす要因でもある。
バグダディは、イスラム国が過去に失われた故地を回復することと、シオニズム運動によってユダヤ人がパレスチナにイスラエルを建国したこととどんな違いがあるのだと問いかける。そして、イスラム国が世界中のイスラム教徒にとっての故郷を回復し、他の宗派や他宗教徒もスンニ派に改宗すれば、快く受け入れると喧伝する。
本書を読むと、イスラム国が単なるテロリスト集団ではなく、また、無法なならず者国家(擬似国家だが)でもなく、明確な理想を掲げた建国運動であることがわかる。
見方を変えれば、イスラム国は明確な大義名分を持って、金融資本主義に対する全面的なイデオロギー戦争を仕掛けているともいえる。
金融資本主義のジャイアンに、揉み手しながら犬のようについていくどこぞの国にも、けして他人ごとの話ではない。
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