あれは、たしか三歳くらいの時だったと思う。
お菓子か何かを探していて、普段は開けない台所の戸棚を開けると、初めて見る綺麗な緑色の缶が一つ置かれていた。
幼児の体だと一抱えほどの大きさのその缶を戸棚から引っ張りだすと、明るい光の元で緑が輝き、その色に魅入られるようにしばらく眺めていた。
子供の頃からずっと、「好きな色は?」と聞かれると、即座に「緑」と答えていた。とくに、深めの緑にすこしラメが入ったような、輝きのある色が好きだった。初めて買ったスズキのハスラーというオートバイも、タンクの緑がまさにその色だった。また、MGFというツーシーターのライトウェイトスポーツカーにしばらく乗っていたが、これも「ブリティッシュレーシンググリーン」と呼ばれるその緑がことのほか気に入っていた。
今朝、新しいコーヒー豆の封を切り、丁寧にドリップして淹れたその香りを嗅いだ時に、唐突にこの三歳のときの緑の缶を見つけた光景が蘇ってきたのだが、同時に自分が緑色が好きになった原点が、あの缶の色だったことに気づいた。
三歳のぼくが魅入られてしまった緑色のその缶は、MJBのレギュラーコーヒーのマグナム缶だった。
父が若い頃にレギュラーコーヒーを飲んでいて、その残りがそのまま戸棚に入れられて忘れられてしまったものだと、その後教えられたが、コーヒーにまつわる父の記憶は、薄く淹れたインスタントコーヒーにスプーン山盛りの砂糖を三杯入れている姿ばかりで、レギュラーコーヒーを淹れている父の姿は想像がつかない。
父は、子供のぼくでさえ甘すぎると思う激甘のインスタントコーヒーを一口啜ると、とてもとても満ち足りた表情をした。その表情を思い返すと、今の自分がコーヒーを啜る時、同じ表情をしていることに気づいた。そして、なんとなく、若かった頃の父は、MJBのコーヒーを啜って、同じ表情をしていたことが、自分の記憶のように思い浮かぶ。
貧しい農家の次男に生まれた父は、太平洋戦争中に少年兵に志願した。まだ14歳くらいだったはずだ。終戦は、栃木のほうの陸軍航空隊の基地で迎えたと言っていた。
その後、役所に入り、独身時代は、写真を趣味にして、当時としては珍しくクルマを持っていて、あちこち撮影に出かけた。でも、とても性格が堅実だった父は、結婚して家庭を持つと、クルマは手放し、写真の趣味もきっぱりと捨ててしまった。たぶん、レギュラーコーヒーを飲むことも、そのとき止めてしまったのだろう。
今朝は、きっと、ぼくの中にいる父が、「おまえと一緒に、俺もこのコーヒーを味わっているぞ」と、伝えたくて、大昔の思い出を蘇らせたのだろう。
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