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レイラインハンター内田一成の「聖地学講座」
vol.57
2014年11月6日号
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◆今回の内容
1 聖地が都市になる--「聖都」の成り立ち--
宗教都市
代表的な聖都
2 お知らせ
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聖地が都市になる--「聖都」の成り立ち--
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二ヶ月ほど前、イギリスのストーンヘンジ周辺の地下に巨大な遺跡が17ヶ所以上眠っているというニュースが報道されました。
この発見は、イギリスのバーミンガム大学とオーストリアのルートビッヒ・ボルツマン研究所との合同調査で、地下レーダーや高解像度磁気探査機などを使い、地下約3メートルの状態を3Dマッピングする4年がかりのプロジェクト「ストーンヘンジ地中景観プロジェクト」(Stonehenge Hidden Landscape Project)の成果でした。
これにより、ストーンヘンジ一帯は、太古の壮大な祭祀センターであったことがわかりました。
ストーンヘンジ自体が、ほぼ4000年前に作られたという以外、建造者もその目的も不明で、大きな謎であったわけですが、その謎がさらに深まったわけです。
さらに、地下といえば、先月末にNHKが放映した、「謎の古代ピラミッド!地下トンネルで大発見」という番組がありました。これは、メキシコのテオティワカン遺跡の月のピラミッドの近くで偶然縦穴が見つかり、さらにピラミッド直下まで続くトンネルと、かつては水で満たされていた巨大な地下空間があったというものでした。
「テオティワカン」は、14世紀から16世紀にかけてメキシコ中央高原を支配したアステカ族の言葉で「神々の座所」という意味でした。アステカ族がこの地域を支配した時にはすでにテオティワカンのピラミッドと都市遺跡が存在し、彼らにとっても謎の場所でした。
テオティワカンが栄えたのは紀元前1500年から1000年という説と、紀元前100年から紀元後700年という説がありますが、実際のところは、どんな民族が築いたのかも含めて、まったくの謎でした。
アステカ族には、祖先から受け継いできたある神話がありました。それは、人々が住む世界の地下には、水で満たされた黄泉の国があり、太陽は大地に沈むとその地下世界を通って、再び地上に現れて再生するという内容で、月のピラミッドの直下の地下空間が、我らの伝えてきた黄泉の国を表したものであることがわかりました。
これから出土品の分析が進めば、テオティワカンの謎が一気に解き明かされることになるかもしれません。
ところで、NHKの番組では、今回の発見を元に、テオティワカンという都市の成り立ちが、通常の文明都市の成り立ちと違って、はじめに祭祀センターが設けられ、そこに次第に人が集まって都市となったと推定し、そうした都市の成り立ち方自体が新たな発見であるというニュアンスの演出がなされていました。
しかし、都市の成り立ちを、文明の発展史観に当てはめるのは、すでに歴史学的にも古い考え方です。旧来は、狩猟採集社会から農耕社会に発展して、そこで余剰生産物が生じ、それによって人口が増え、都市が形成されるというリニアな発展史観が支配的でしたが、今では、都市形成には様々な要素がからみ合っていて、そんなに単純ではないという考え方が主流を占めています。
フレーザーが初期の文化人類学で指摘したように、祭祀センターがはじめに築かれ、そこに人が集まって、祭祀を司る神官が王となる「祭祀王」の形態は、古代の都市や国家にも当てはまります。
F.フクヤマの最新刊『政治の起源』では、「人口密集は国家形成の目標(目的因)ではなく、国家形成の媒介要素であり、まだあきらかにされていない要素の産物である」と書いていますが、フクヤマが暗示する「あきらかにされていない要素」の一つには、人々の信仰という要素も含まれています。
私たち日本人にとっては、「都市のはじめに信仰ありき」と言ったほうが馴染み深いともいえます。「門前町」は全国各地にありますが、寺社が築かれたことがきっかけとなって、そこに人が集まって市ができ、さらに都市へと発展した事例が身近にたくさんあります。その感覚からすれば、テオティワカンは「世にも珍しい宗教都市」ではなく、宗教都市という類型の中でもスタンダードな都市といえます。
今回は、そんなエピソードを入り口として、聖地が都市化して「聖都」となったケースを紹介してみたいと思います。
【お知らせ】
●朝日カルチャーセンター湘南教室 12月20日
「伊豆の太陽信仰」
伊豆半島には、太古の太陽信仰を色濃く残す聖地が点在していま
す。伊豆半島開闢の女神を祀る白濱神社、冬至の太陽を迎え入れる
縄文祭祀遺跡の中にある八幡宮来宮神社、そして、五穀豊穣・子孫
繁栄を願う奇祭「どんつく祭」のご神体を収めるどんつく神社…。
これらの聖地を中心に、伊豆半島独特の来宮(きのみや)信仰、三島
信仰、伊豆山信仰について解説します。伊豆半島は、川端康成をは
じめ、多くの文人や芸術家に愛され続けてきました。その魅力の源
流も明らかになってきます。
http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=260771&userflg=0
●第三回伊豆急レイラインツアー 12月22日
伊豆急主催のレイラインツアーの三回目は、下田から南伊豆の聖地を巡ります。
開催日はちょうど冬至に当たり、この日は伊豆の守護神を祀る白濱神社では、参道の先に沈む夕陽が見られます。渡来民がもたらした来宮信仰や伊豆創世に関わる三島信仰の聖地を訪ねた後、太陽の再生と新しい年を迎える浄化を合わせて願う白濱神社の冬至参拝をフィナーレに、充実した一日を体験いただけます。
http://www.izukyu.co.jp/kanko/leyline_3rd/index.html
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