KTMといえば、"Ready to Race"をキャッチフレーズとするレース志向のメーカー。当然、その製品はストックでレースに出られるようなアグレッシブなものばかりだ。
ロード主体のライダーにはあまり馴染みのないメーカーかもしれないが、オフロード乗りにとっては、KTMのエンデューロマシンやモトクロッサーは垂涎だ。最近は、ロードモデルもラインナップが充実してきて、ロードレースシーンでもKTMカラーのオレンジのマシンがトップを走る姿をよく見るようになった。軽い車体にパワフルなエンジンを搭載したストリートモデルの"DUKE"は、最近大ヒットしているので、「DUKEを作っているメーカー」といえば、分かる人が多いかもしれない。
そのKTMの中で、"Adventure"と名付けられたラインは、元々ラリーやオープンフィールドの長距離エンデューロを主眼に置いたモデルだった。ぼくもかつては、LC4(Liquid cooled 4valbe = 水冷4バルブ・単気筒)エンジンを搭載した690AdventureやLC8(水冷8バルブ・2気筒)エンジンの950Adventureでオフロードツーリングした経験がある。
690や950はロードクリアランスを最大に取ると同時に、サスペンションストロークを300mm以上確保するために、非常に腰高でシート高は1m近くに達していた。もうそれは当たり前のエンデューロレーサーと同じで、身長178cmのぼくでさえ、日常の足とするには気が引ける代物だった。
だが、一度ダートに入ると、その長い足が効いて、モトクロスコースでの大ジャンプやガレた岩場などでも何の躊躇することもなく攻めることができた。ツーリングユースでは、一般道を走っていると退屈してしまい、ダートを見つければすぐに飛び込んで行きたくなった。
この690や950のエンジンフィーリングは、とにかくピックアップが良く、ちょっと元気に加速するだけで、フロントは地上から離れた。舗装路を流していると、ハンドル周りやフレームにエンジンの振動が伝わり、外装パーツもレース志向らしく軽量化に主眼が置かれているため、やはり静穏なオンロードではバタバタとうるさく振動した。こうしたネガは、オフロードに入ってしまえば、何のストレスにもならないのだが、さすがにオンロードで長距離のツーリングには不向きな要素だった。
現行モデルの1190Adventure(以下「1190ADV」)を有明のKTM-Japanに借用に行き、跨った瞬間、コンパクトさに驚いた。両足は余裕で踵まで接地し、あの腰高感は消え失せてしまっている。これまでのAdventureモデルとはまったく別物の印象だ。それもそのはず、タイヤ径がフロント19インチ、リア17インチとこれまでのモデルからそれぞれ2インチ小径化されていた。
最近、あまり二輪に触れる機会がなく、雑誌なども見ないので、跨ってみるまでダウンサイジングに気がつかなかったというわけ。単純に従来と同じオフロードモデルだと思い込んでいたので、これには驚かされた。
BMWのR1200GSのような同様のビッグオフローダーが19+17インチホイールを採用しているのについにKTMも合わせたというわけだ。だが、KTMの場合は、Rモデルが別に用意されていて、こちらは21+18インチというコンベンショナルなオフロード系のホイールを採用している。950AdventureにもノーマルとRモデルの二つが用意されていたが、そのときは単純にサスペンションストロークを伸ばしただけのよりアグレッシブな仕様というだけだったが、1190では明確にツーリングモデルとしてのノーマルとオフロード仕様としてのRが区分けされたわけだ。
さて、実際に走りだしてみると、当然のことながら以前のLC8エンジンよりもパワフルで、トルク感もある。ビッグボアショートストロークのこのツインエンジンは、レスポンスが鋭く、軽い車体とも相まって、ピークパワーを絞り出す9500rpmまでいとも簡単に回り、そのままレブリミットまで振り切ってしまう。まさにレーシングエンジンそのもので、他のツインエンジンではもちろん、マルチエンジンでも味わえない鋭い加速が味わえる。
今回は総計で60リッターあまり収納できる純正パニアとトップケースにキャンプ道具などを満載していたが、そんな荷重はまったく感じさせない。ちょっと元気にアクセルを開ければ、フロントは簡単に持ち上がる。
ライバルとなるBMW1200GSがジェントルな印象なのとは対照的だ。KTMがキャッチフレーズとする"Ready to Race"はツーリングモデルにカテゴライズされる1190ADVにも正しく当てはまる。
950のときは、外装パーツが共鳴してうるさかったり、1000kmも過ぎるとだいぶオイルが汚れてエンジンフィールが少々ガサツになったりしたが、今回は、ぼくが担当するツーリングマップル中部北陸版の取材で3000kmあまりを共にしても、外装パーツの共鳴などは皆無で、エンジンオイルもまだまだ交換せずに走れるレベルだった。BMW1200GSはシャフトドライブなので、駆動系のファイナルにはまるで気を使う必要がないが、こちらはチェーン駆動で当然伸びるわけだが、150PSの大馬力ながらちょうどトリップメーターが3000kmをカウントするところで、いちど調整する程度だった。
そして、何より今回関心したのは、オートマチックのダンパー調整機構だった。
アグレッシブにオフロードを攻めるときに、納得のいくまでセッティングするようなシチュエーションなら、レーサー同様の手動調整もいいが、ツーリング主体ではいちいち手動調整するのは面倒で、ついついデフォルトのまま乗ってしまう。ダンパー調整したほうが、ツーリンクでも格段に快適になるのはわかってはいるのだが…。
その点、1190ADVに搭載されたオートマチックのダンパー調整機構は、手元のスイッチ操作一つで行えるので、状況に応じて気軽にセッティングを変えられる。「コンフォート」、「ストリート」、「スポーツ」のメニューに、乗車人数とラゲッジの有無を選択できる。ツーリング中は、ほとんど「コンフォート」・「1名+ラゲッジ」を選択していたが、このセッティングは、しなやかで腰があって、けっこうな重量があるのに、不用意にギャップに突っ込んでも何事もなかったかのように通りすぎてしまう。この乗り心地は、ツーリングモデルとしては最高峰ともいえるBMW1200GSに匹敵する。
BMWにも同様の電子制御のダンパー機構がある。BMWでは一方の極であるコンフォートともう一方の極であるスポーツとの間が比較的マイルドな差だが…それは、そもそもがツーリングユースを主軸にセッティングされているからだが…、1190ADVでは、両極の間に明確な差が感じられる。「スポーツ」モードにセッティングすると、足回りはグッと引き締められ、ギャップがリニアに感じられる。コーナリングでは、狙ったラインをピシッと琴線に乗ったように駆け抜ける。スポーツモードでは、ツーリングモデルの性格はなりを潜めて、ストックのままサーキットに飛び込んでいける、あるいはオフロードタイヤを履けば、荒れたダートにワイドオープンで突っ込んでいける、まさに「Ready to Race」の性格を露わにする。
タンデムでキャンプ用品満載にしてロングツーリングにも出られるし、一方、サーキット走行やエンデューロ走行も楽しめるという幅広いオールラウンド性能はこの1190ADVの右に出るものはないだろう。
今回はほとんどがオンロードの取材だったので、少々消化不良だが、今度はスポーツモードでオフロードを思う存分駆け抜けてみたい。できれば、Rモデルにも乗って、よりアグレッシブなそのパフォーマンスも堪能してみたい。
大きく開口する純正ケースは出し入れしやすく非常に使いやすい。今回は、キャンプ用品、シュラフ、替えの衣類、雨具、それにノートPCや書籍と書類を入れたブリーフケースなどを収納してまだ十分余裕があった。
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