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レイラインハンター内田一成の「聖地学講座」
vol.48
2014年6月19日号
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◆今回の内容
1 「場所」の意味
・人と「場所」
・聖地と人間
3 お知らせ
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「場所」の意味
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前回は、聖地と人との関わりについて、とくに聖地と縁の深い、宗教的な人物に焦点を当てましたが、今回はもっと幅を広げて、「場所」と人との一般的な関わり合いから、特別な場所としての「聖地」について考えてみたいと思います。
聖地についての言説では、しばしば「トポス」や「トポロジー」という言葉が用いられます。両者とも純粋な意味では数学用語で、トポスは特定の位相の中に占める層を指し、トポロジーは位相を研究する学問を指しますが、アリストテレスは、トポスを論理学における「定石」の意味でも用いました。
元々、トポスは「場所」という意味のギリシア語で、数学や論理学の術語と並行して、本来の意味に近い空間的な場所としても使われています。ただし、トポスを「場所」という意味で用いる場合、それは、地理学的な特定の空間というだけではなく、その場所固有の目に見えない性質まで含んでいます。そんなトポスの概念が、聖地を語る際には都合がいいのです。
『聖トポロジー』という鎌田東二の作品がありますが、これはまさに聖地という場所の位相をテーマにしています。聖地は他の場所と異なる独特の位相を持ち、それが人間に対して神聖な感覚を抱かせる。そうした位相と聖地に関わる人間の心理を分析した秀作です。
まずは、そんなトポスという概念から、「場所」について考察したいと思います。
【人と「場所」】
昨年、生誕100年だったカミュは、アルジェリアで生まれ育ち、近くにあるティパサの遺跡でよく過ごしていました。後にフランス本土に渡って作家活動を続けるようになっても、彼は幼い時に過ごしたティパサの風景を思い出すことで、心を鎮め、新たな作品の発想の泉としました。『ティパサでの結婚』というエッセイも著しました。「春、ティパサには神々が住み、神々は太陽とアプサントの香りのなかで語る…」という文章で始まるこのエッセイは、彼にとってティパサがいかに神聖な場所であるかが切々と語られています。
人は多かれ少なかれ、子供時代の懐かしい記憶に結びついた場所を持っています。そして、そんな場所の景色を思い出すことで湧き上がる淡いノスタルジーによって、ほのぼのとした幸福感に浸ることができます。
私にとってのそんな場所は、真夏に麦わら帽子を被って友達と歩いた海までの道であったり、現実の場所としては失われてしまいましたが、父が丹精込めて育てた植木に埋め尽くされた実家の庭などです。そういえば、読書に没頭する学習机の下の狭い空間も、子供時代のお気に入りの「場所」の一つでした。
こうした場所をトポロジー的に言い表せば、「知覚空間という広い構造の中で意味や意志の集中する地点」だと言えます。
ただ、こうしたパーソナルな意味合いの場所は、他の人間にとってはありふれた均質な知覚空間の一部であるにすぎません。
より大きな位相からトポスを考えた時、特定の文化や歴史に結びついたトポスが見えてきます。
たとえば、オーストラリアに初めてヨーロッパ人が入植したとき、その内陸の砂漠地帯は、不毛の荒野としてしか認知されませんでした。ところが、ネイティヴであるアボリジニにとっては、いたるところが精霊のすみかであり、伝説や儀式、祭礼と結びついた「聖地」が点在する物語空間ともいえる場所でした。
文化人類学者のラパポートは、以下のように説明します。「多くのヨーロッパ人は、オーストラリアの景観を均質で特徴のないものだと評してきた。しかし、アボリジニはその景観をまったく違った見方で見ている。景観のあらゆる特徴が知られており、意味をもっている。そして、彼らはヨーロッパ人が観ることのできない違いに気づいている。これらの違いは微小な景観についてのものか、あるいは魔術的で目に見えない景観に関するものかもしれない。つ
まり、知覚された物理的な景観よりも一層多様な象徴的空間であるかもしれない。一例をあげれば、エアーズロックのひとつひとつの特徴は、すべて意味深い伝説やそれを作った伝説上の人物に結びつけられている。すべての樹木、すべての汚れ、穴、割れ目が意味を持っている。つまりはヨーロッパ人にとっては空虚な土地であるものが、アボリジニにとっては明確な違いに満ちたものであり、それゆえ豊かで複雑なものであろう」。
はじめ、この荒野に見向きもしなかったヨーロッパ人たちは、ここで有用な鉱物資源がたくさん見つかると、アボリジニたちを退去させ、彼らの聖地を掘り返して、大地から貴重な資源を収奪していきます。
近代以降の技術社会では、場所はトポス的な意味を失い、物理的な空間としか認知されません。そして、その空間を実用的に改変して、最大限の生産性を発揮するように空間設計が成されてきました。そうした空間で生きている技術社会の人間にとっては、場所に結びついた神話的な意味などは理解できません。「文明を発展させ生活が便利になる資源がそこにあるのに、どうしてこれを利用しないのか…」という、トポスを失った空間的な場所の論理がすべてでした。
しかし、そんなヨーロッパも、産業革命以前の世界では、まだ人は場所と深く結びついていました。
1678年に「ノスタルジア」という言葉が、スイスの医学生ホーファーによって創りだされました。それは、不眠症、食欲不振、動悸、意識混濁、発熱、そしてとくに「故郷」への強い思いによって特徴づけられる病気を表すための言葉でした。
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