ウルトラランニングの火付け役となった『Born to Run 走るために生まれた』では、メキシコの荒れた山岳地帯に住むタラウマラ族のありえない距離を走る習俗から、長距離を走るという行為が、人間に本来備わった特性であることを説く。
後に、作者のクリストファー・マクドゥーガルが、タラウマラ族は、カルロス・カスタネダが「ヤキ族」として紹介した民族のことだと明らかにした。
文化人類学者だったカスタネダは、1960年代初頭にメキシコの高地民族の集落に入り、「ドン・ファン」というシャーマンに密着して、彼らの独特の信仰体系を研究した。それをもとに著したのが、1968年に発表された『呪術師と私』だった。
1968年といえば、ヨーロッパではパリ五月革命が起こり、日本では全共闘の闘争がピークを迎え、アメリカではヒッピームーヴメントが真っ盛りで、リリーやリアリーといった研究者がLSDを使って意識革命を起こしていた。まさにカウンターカルチャーのターニングポイントといえる年だった。そんな最中に発表された『呪術師と私』は、ペヨーテを使ってアルタード・ステーツを体験するその内容が、時代の雰囲気をがっしりと捉えて、世界的なベストセラーとなった。
このときは、まだぼくは8歳だったから、リアルタイムでこの本を読んだわけではないが、それから10年経って、カスタネダの一連の著作を読みふけった。
『呪術師と私』の中では、ドン・ファンが属する民族を「ヤキ族」と記しているが、メキシコのネイティヴにヤキ族という部族は存在せず、そのために、『呪術師と私』から始まる膨大なシリーズは、カスタネダの創作ではないのかと噂された。創作疑惑についてカスタネダはいっさいコメントしなかったので、さらに疑惑が深まった。
そんなカウンターカルチャー時代の熱もすっかり覚めた21世紀に、ようやくヤキ族の正体が判明したわけだ。
それはともかく、『呪術師と私』の中で、とくに印象に残ったのは、「風を盟友としろ」と、ドン・ファンが、カスタネダに説く場面だった。
一人ひとりの人間には、その人独自の風がセットになっている。そのことに気づき、自分の風を盟友とすれば、その盟友が進むべき方向を教えてくれるという。
その言葉に、ぼくは感じ入ってしまった。というのも、子供の頃から、風をとても親しいものとして感じていたからだ。
海が近い町に育ったので、海風と陸風が息をするように切り替わるのが、あたりまえの自然の生理として、素肌で感じていた。海と陸との比熱の違いから、昼間は海から陸へ、日が暮れると逆に陸から海へと風が吹く。明け方と夕方、ちょうど風の切り替わる瞬間があって、そのときは、一瞬無風になる。その瞬間が好きで、よく一人で海に行った。
とくに明け方の海が好きで、無風状態から、日が昇ると同時に吹き出す海風に吹かれると、心が浄化されて力が湧いてくる気がした。そのせいか、海から離れて暮らしている今でも、東風が吹くと、微かに海の香りを感じて、海で夜明けを待っていた高校時代を思い出す。
昨日はツリーイングのイベントで、埼玉県の森林公園のシンボルツリーに登っていたが、樹冠近くで風に吹かれていると、ふいに懐かしい香りを感じて、気分がとても和やかになった。そして、「やっぱり、自分の盟友は東風だな」と思った。
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