「これからは電子書籍の時代になる」と騒がれたのは、もう5、6年前のことになる。アマゾンが発売したKindle端末に何百、何千冊も書籍データをダウンロードしておけば、どんな場所でも手軽に読書ができる。その自由な読書スタイルは、アメリカではすぐに受け入れられ、電子出版が一気に普及した。
Kindleに続いてアップルがiPadを発表し、画面に表示された静的なテキストを読むだけではなく、動きや音が加わった新しいメディアの創造も始まった。
このKindleとiPadによって起こった出版革命は、たちまち日本も席巻するだろう…と思われた。ぼくも、出版社や取次を通さずに、手軽にダイレクトに書籍を出版できる新しいメディアに大きな期待を持ったのだが、欧米での急速な普及に比して、日本ではなかなか普及の兆しが見えなかった。
個人が手軽にオンライン出版できるというのが、電子出版の最大の特徴でありメリットなのだが、そこに官や既存の出版社やらの思惑が絡んできて、日本語での電子出版の規格がなかなかフィックスできなかったり、出版までのプロセスが増えてしまったことでスポイルされてしまったのが実情だった。
iPadなどで鑑賞する動的な電子出版は、個人で全てを作るのは難しいから、プログラマやデザイナーとの協業になるのは仕方ないとしても、テキスト主体のコンテンツなら、一人で完成形まで持っていくのは、本来は難しくないはずだ。ところが、いろいろな思惑が入り乱れたために時間ばかりが流れていった。
90年代半ばにインターネットが普及し、個人でWEBサイトを作って全世界に情報発信ができるようになった時、ぼくはインターネットの可能性に大いに期待して、いち早く参入した。同様に、電子出版もインターネットの普及と同じエキサイティングなムーヴメントになるという期待があった。そこで、これにも先頭を切って参入しようと思ったのだが、障害ばかりが多くて、徐々に気持ちが萎えていってしまった。
さらに、リーマン・ショック後の不況や3.11の震災などで、生活が汲々としてしまい、すっかり新たなことに取り組む気持ちの余裕も失って、心の片隅で、本格的な電子出版にチャレンジなくてはという思いを抱えながらも、集中して取り組めずにいた。
ところが、つい先日、アドベンチャーレースやスノースポーツを追いかけるジャーナリストの久保田亜矢さんから電話をもらい、写真集を電子出版したいという相談を受けたのをきっかけに、その情熱が再燃することになった。
本来の意味での電子出版にまでは取り組めずにいたものの、レイラインハンティングのコンテンツをCD版で自主制作して、それが紙の本の出版に結びついたり、亜流の電子出版ともいえるPabooにはコンテンツをあげていたり、また有料のメールマガジンを発行したりはしているので、久保田さんとしては、ぼくがそれなりのオーソリティに見えたらしい。
そこで、改めて、今の電子出版の事情はどうなっているのだろうと、昔取っておいたアマゾンKDP(Kindleダイレクトパブリッシング)のアカウントを久しぶりに開いてみた。すると、以前は肝心なところで英語サイトに飛んでいってしまってわけがわからなくなっていたマニュアルが全て日本語で用意されていて、すっかり日本のユーザにフレンドリーな体裁になっていた。
以前は、コンテンツを電子出版の規格であるEPUB(アマゾン独自の形式だが)にコンバートするプロセスも複雑怪奇な代物で、いくつものソフトを使って加工していくうちに文字化けだらけになったり、書式が乱れて使い物にならなかった。ところが、今回試してみると、表紙用の写真とテキストを用意して、これをアマゾンが用意したプログラムでコンバートするだけで、すんなりとまともなEPUBが出来上がった。プレビューツールも用意されているので、それを参照しながら微調整もできる。さらには、難題だった縦書きもいつのまにかサポートされていて、これもすんなりとコンバートしてくれた。
最終的に出来上がったコンテンツをボタンひとつでアップロードすると、なんともあっけなく、半日あまりでアマゾンのサイトに並んで購読可能になった。
いつのまにか、欧米とほとんど同様に個人が電子出版する環境が出来上がっていたわけで、これに今まで気がつかなかったのが悔しかったが、また俄に、電子出版熱が湧き上がたというわけ。
電子出版が登場したときに、いずれ紙の書籍は駆逐されるといった言説が飛び交ったが、ぼくはそうは思わなかった。紙に印刷された本を手にとって読み、必要な本を蔵書するというスタイルは、今後も続いていくだろうし、自分でもいい本は手元に置いて、背表紙を眺めつつ、ときに取り出して、じっくりと「読書」という行為に浸りたいと思う。また、何気なく手にした本をパラパラとめくるうちに、思いもかけないセレンティビティがもたらされることもあるから、紙の本は捨てられない。
自分の出版物も、すでに『レイラインハンター』で電子出版(CD)から紙の出版というプロセスを経験して、電子デバイスだけでは訴求できない読者にも、紙の本だからこそ手にして読んでもらえるということを経験しているので、同様のプロセスで、積極的に紙の本での出版もしていきたい。
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