第二次世界大戦末期、ドイツに駐在の外交官だった父親とともに、佐治少年は日本海軍の潜水艦に乗って、祖国へと戻ってきた。
その航海の途上、潜水艦はスクリューを回すバッテリーに電気を充電するためにインド洋に浮上する。360度、 何も遮るものない絶海にポカリと浮かび上がった潜水艦のブリッジに立ち、水平線に沈み行く夕陽と向かい合う。それが、 宇宙を意識した瞬間だったという。
その後、佐治一家を無事に日本まで送り届けた潜水艦は、乗組員ともどもミッドウェーで海の藻屑となった……。
自然=宇宙の巨大な営みと、そこに生きる人間の儚さ……無垢な少年の心に刷り込まれた二つのイメージは、後に、 宇宙を構成する"ゆらぎ"の理論となり、宇宙船ボイジャーにバッハのプレリュードを録音したゴールドディスクを搭載することになり、 映画"コンタクト"で音に凝縮された異星からのメッセージへと繋がっていく。
那須の森に囲まれた二期倶楽部の講堂、 地元特産の大谷石に囲まれた堂内で、佐治さんの声は、まさにプレリュードのように響き、言葉が緩やかな波となって細胞に染みこんでくる。
「『自分』とは、『自然』の『分身』という意味ですよね。宇宙を探求することは、自分とは何かを追求することなんですよ」
宇宙物理学者というと、気むずかしい理論家を想像するが、佐治さんは身近な言葉で、『人間とは何か』を優しく語っていく。
自然を感じ、自らもその一部であることを実感する……環境問題も戦争の問題もまずそこからスタートしなければ、 単なる空論に終わってしまう。そんなことをずっと思ってきたこともあって、壮大な宇宙とその出発点であった一粒の光、 宇宙を構成する基調定音である"ゆらぎ"といった「専門」の話が、すべて人間探求に繋がっていく佐治さんの話は、 宇宙物理学をとても身近なものに感じさせてくれた。
バッハのプレリュードが数学的に完璧な構成の音楽となっていて、だからこそ、 宇宙の共通言語としてボイジャーに搭載することになったこと、それを自らの独特の奏法でピアノを弾きながら、最後に語ってくださった。
一つの音の中に含まれる様々な音素が大谷石の堂内に反響する……目を瞑って、その音のゆらぎに身を委ねていると、今、 はるか外宇宙を旅しているボイジャーと一緒にいるような気がしてくる。
今回は、ひょんなことからこの講演会を聴かせていただけることになったが、自分が、どうして今ここにいるのか不思議でありながら、 でも反対に、それが宇宙の摂理でもあるように思えた。
この佐治晴夫氏の講演会は、7月30日から8月3日にかけて二期倶楽部で開催される『山のシューレ』 のプレイベントとして開催されたものだが、来月は、ぼくがツリーイングを軸に、樹に触れて、 樹に身を委ねることで風や光や様々な香りといった"ゆらぎ"を体感するワークショップを開催させていただくことになっている。
佐治さんの崇高な話にはとても及ばないけれど、ぼくは、ただ自然と接するための案内人として、『語り』 のほうは自然そのものにまかせてみようと思っている。
**那須の自然と絶妙に調和しながら、独自の『世界』を創り出している二期倶楽部。「日常時間」から切り離されて、「悠久の流れ」
の中にスライドしたような不思議で安らかな感覚が味わえる**
コメント