**柔らかく、 しなやかでありながら強靱さも持ち合わせたディアスキンのグローブ。この基本パターンをベースに、手の形に合わせ、 さらに手首の深さや素材のハイブリッドなど、好みに合わせたオーダーが可能となっている**
四国讃岐に、CACA-ZANというグローブのブランドがある。手袋職人の出石(いずいし)尚仁さんが立ち上げたブランドで、 孫悟空が生まれた花果山に因んだもの。孫悟空は、花果山の岩から生まれたので、「出石」という自分の苗字にも掛けているわけだ。
孫悟空といえば、岩波文庫「西遊記」は愛読書の一つで、とくに古風で品格のある小野忍訳が好きだった。 隔たった時代の隔たった土地の物語の雰囲気を小野訳はよく醸し出していて、古典をじっくり味わう楽しみがあった。 第四巻から中野美代子訳に変わり、小野訳とはかけ離れた大胆な現代語の意訳に、はじめは違和感を覚えた。 だがそれも巻が進むうちに次第に馴染んできて、改めて中野美代子という人の中国文学の理解の深さに感銘したものだった。その岩波文庫の 「西遊記」は、ついに小野訳だった1~3巻も中野訳と変わり、首尾一貫したものとなった。……とまあ、それはともかく、そんな、 ぼくが大好きな作品に因んだブランドネーミングに、いきなり嬉しくなってしまったわけである。
あまり知られていないが、四国讃岐はスポーツグローブの一大生産地で、国内シェアのじつに90%以上を占めている。とくに、 レザーグローブは定評があって、野球をはじめ、モータースポーツ、スキー、ゴルフ等々、 プロアスリートの多くが讃岐製のグローブを愛用している。
そんな環境の中で生まれ育った出石氏は、手袋職人の道を選んだわけだが、周囲が大量生産で、 海外へのアウトソーシングの道を選んでいく中で、「最高のグローブを作り続けたい」と、パターンから裁断、縫製まで、 一貫して手作りにこだわったグローブを作っている。
出石さんは、ロードバイク(自転車)やシーカヤックに乗り、サッカーのシニアリーグチームに所属してプレイするアスリートで、 「健康のためなら死んでもいい」と豪語するスポーツオタクでもある(笑)。そんな出石さんが、自らが求める機能を追求して生みだし、さらに、 こだわりを持つアスリートのためにオーダーにこたえているのがCACA-ZANブランドだ。
今回は、 CACA-ZANのメインストリーム製品ともいえるディアスキンのサイクルグローブとモーターサイクルグローブを試させてもらった。
北米産のディアスキン(鹿革)の均質な部分だけを切り出して仕上げたこのグローブは、一枚の革から2、3組しか作れない。 出石さんに手を見てもらい、既成のサイズでいちばん合うものを試着したが、指の長さといい、握ったときの伸び具合といい、 そのまま誂えたものといってもいいくらいの絶妙なフィット感だ。
とくにモーターサイクルグローブは、普通なら親指の根本にステッチが入って、そこが当たったり、抵抗感があるものだが、 このグローブのパターンでは親指部分にステッチが入っていないので、違和感はまったくない。さらに、掌の補強部分は、 ハンドルグリップを握った際に、ステッチが自然にグリップのラインに添うように曲線を描いていて、試しにパイプを握ってみると、これも、 すぐに体感できるほどステッチの当たりを感じないで済んだ。
ぼくは、モーターサイクルのハンドルを握るときに、右手は人差し指をブレーキレバーにかけっぱなしにする。 左手は人差し指と中指の二本をクラッチレバーにかけっぱなしにする。そして、ハンドル自体は、肘を外側に張って、 ドアノブを掴むようにハンドルを外側から押さえるモトクロススタイルの握り方をする。この握り方だと、 ハンドルを掴んでいるのは手の外側(小指側)で、そこに重点的に力がかかる。このぼくのグリップだと、このCACA-ZANのグローブは、 まさに理想的なパターンになっている。
「ぼくは、もうこの既成のサイズで十分ですよ」
そう、ぼくが言うと、
「いや、内田さんの手の形やグリップのクセなんかを良く見せてもらえば、それよりもずっとフィット感が高くなりますよ。それで、 しばらく使ってもらえば、革自体が手とグリップの特性に馴染んで、ベストフィットになります。ファブリックと違って、 革は使い込んでいくほどに手に馴染んでいくところがいいんです。だから、ぼくは革にこだわっているんですよ」
とのこと。
ディアスキンは手軽に水洗いすることが可能で、よほど乾燥してしまわないかぎり、 オイルやワックスでメンテナンスする必要もないという。何度か洗って、使うウチに、理想的なグローブに仕上がるという。
なんだか、嘘のようなフィッティングのグローブを体験して、それが手袋職人から言えばまだまだ理想ではない…… などいう話まで聞かされてしまって、これは、さっそくオーダーせねばなるまい。
といったわけで、この取材に伺ったときには時間がなかったので、あらためて讃岐を訪問して、モーターサイクルとサイクリング、 そしてツリーイング用のグローブをオーダーするつもりだ。
**CACA-ZANのモーターサイクルグローブ。 シンプルなアメリカンスタイルで、ステッチを最小限に切り詰めたパターンは、「第二のスキン」 といった感じのとても自然なフィット感だ**
**工房の片隅には、様々な「型」 が並ぶ。これで抜き出した基本パターンをさらに個々の手の形やグリップのクセに合わせてカッティングし直して、 オーダーグローブとなる**
**様々な素材の性質と、 どの部分を使うのか、詳細に説明を受ける**
**左が手袋職人の出石さん。右は、 今回一緒に取材に行った「法螺吹き男爵こと堀田貴之さん。堀田さんはシーカヤックの第一人者であり、 バックパッキングやサイクリングのオーソリティでもある。昨年までは、飯山の古民家で座敷童と共同生活していた。ちなみに、この日、 さっそくサイクリンググローブをオーダーした**
**じつは、 仮面ライダーのグローブとコスチュームも出石さんの作品。メーカーなどから、試作の相談などもよく寄せられる。 展示してあったコスチュームを勝手に着てポーズをとるこの男は、シーカヤックのnanokブランドで知られるランドアート営業の安藤氏。 彼もイズイシ手袋の愛用者だ**
**のどかな田園地帯のど真ん中にある出石さんの工房& 工場**
**「健康のためなら死んでもいい」 と豪語するスポーツオタクの出石さん。愛車は、これも讃岐発の世界ブランド「タイレル」のロードバイク**
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