先週の日曜日、大学時代の友人の結婚式に出席した。
もう卒業してから20年以上経ち、当時の親しかった仲間たちの中では最後に結婚式を迎えた新郎は45歳初婚で、新婦も40歳で初婚。
脂の乗った大人どうしの結婚式は、落ち着いていて、しんみりと幸せをかみ締めるようないいセレモニーだった。
惜しむらくは、新郎の両親がすでにこの世になく、もともと慎重で優しくて、頼りがいのある仲間内ではいちばん最初に所帯を持ってもおかしくなかった彼が、ようやくその風采に合った家庭を持つことになったことをその場でともに喜べなかったことだ。
でも、のんびりおっとりしたあいつらしいと、きっと彼岸で喜んでいることだろう。
男も女も自己主張が激しい世の中で、じっと静かに文句も言わず着実に歩み続け、互いに自然にひかれて共同で生活を営んでいこうと決意した大人の二人。
浮き草のように行き当たりばったりで、自分の人生を軽々しく博打にかけるような生き方をしてきた身の上には、なんだか二人がとても神々しくさえ見えた。
式の前日、熊野に住む仲間の一人が上京したので、彼に付き合って、学生時代に住んでいた高円寺界隈を歩いたり、神保町の大学を訪ねた。
高円寺の彼のアパートは瓦屋根にサンルーフが切ってある当時としてはモダンに見えたバストイレ付きの部屋で、築58年の傾いたあばらやだったぼくの中野のアパートから歩いて20分程度の距離だった。
そんなわけで、大学に入学して彼と親しくなると、ほとんどどちらが自分のアパートだったかわからないほど、彼の快適な部屋に居座って、勉強の邪魔ばかりしていた。
彼とはその後も不思議に縁があって、今でも時々彼の住む熊野を訪ねたりしているが、一緒に思い出深い場所を巡ると、記憶の彼方にあった学生時代の思い出がつい昨日のことのようによみがえってくる。
司法試験を目指してがんばっていた彼に対して、当時のぼくは山登りと旅に明け暮れていて、ちょうど正反対の生活を送っていた。だけど、なぜか気があった。
その熊野の友人は30歳直前までがんばったが、結局、司法試験への挑戦を諦めることになった。
彼が高円寺から田舎に戻ることにしたとき、今になって結婚式を挙げた友人が運送会社に勤めていたので、引越しの手配をした。そして、ぼくとよく山に行っていたもう一人の友人も手伝いに来て、四人で引越し作業をすることになった。
当時、フリーランスの身で(今でもそうだが)、浮き草のように不安定な生活をしていたぼくは、戦友を失うような気がして、無性に寂しくて、ついつい前夜の送別会で飲みすぎた。
そして、肝心の引越し当日は、みんなが忙しく立ち働く中で、青い顔をして自分がお荷物になってしまった。
「内田は、Wが田舎に帰ってしまったら寂しいよな。10年も兄弟のように仲良くしてたんだものな」と、戦力外のぼくに言ったのが、今では当の大手運送会社の事業所長で、めでたく45歳の新郎になった奴だった。
結婚式前夜、熊野の友人が宿をとった青山で、もう一人の山登りの相棒を呼び出して、三人で飲んだ。
熊野の友人は風邪気味で、翌日のことを考えて先に宿に引き取り、今度は、山の相棒と場所を変えて続きを飲んだ。
彼とは、奥多摩、奥秩父、八ヶ岳、北アルプスといろんな山に登った。
あれは大学2年の夏だったか、後立山を縦走して槍ヶ岳まで行く計画を立てた。
燕岳から入山し、稜線を辿って順調に進んでいったのだが、進むにつれて天気が思わしくなくなってきた。難所を控えた槍ヶ岳に向かうのは無理と途中で判断して、上高地に下山するために蝶が岳のほうに向かった。
だが、その蝶が岳の稜線に差し掛かったところで、本格的な悪天に飲み込まれてしまった。
強風と雨に加え猛烈な雷で、遮るもののない稜線にいたぼくたちの髪の毛は逆立ち、半ば死を覚悟した。
なんとか山小屋に逃げ込もうと互いに必死で励ましあいながら、ようやく砲火の真っ只中のような雷をかいくぐって小屋にたどり着いた。
小屋に入った途端に雷雨は止んで、晴れ間が顔を出した。
ほっとして、傍らの幕営場にテントを張り、朝から何も食べていない空腹の体に、とりあえず命拾いしたことを祝してビールを流し込むと、これが異様に効いてしまった。なにしろ、空き腹の上に疲労困憊していて、しかもそこは標高3000mの高山の天辺だった。
そのまま二人とも昏睡してしまった。
どれぐらい時間が経ったのかわからないが、相棒が先に目を覚まし、ぼくを揺り起こした。
「おい、どうも夜明けのようだぞ」
ぼくたちは、ふらふらしながらテントから這い出した。そして、そこに信じられない光景を見た。
眼下はびっしりと綿を敷き詰めたような雲海、遠方に、富士山と中央アルプス、御岳、南アルプス、八ヶ岳、浅間山が顔を出し、今まさに、東の彼方から朝日が昇りつつあった。
雲海の上に顔を出したピークに朝日が当たると、ダイヤモンドのように輝いた。そして、今度は雲海自体が朱に染まり、世界が燃え上がった。
ただただぼくたちはその光景に魅入られていた。
「また一緒に山に登ろうぜ」
バーの止まり木に腰掛けてウイスキーのグラスを傾けながら、相棒が言った。
「あの蝶が岳の朝日がもう一度見てえよ」
「俺もだよ……」
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