□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
聖地学講座
vol.316
2025年8月21日号
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆今回の内容
○異界と人間を媒介する動物
・魂を象徴する虫
・サイコポンプ
・天空からの使者としての鳥
・二面性を持つ媒介者
・異界の化身としての動物
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
異界と人間を媒介する動物
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
先月下旬、灼熱の太陽の光があらゆるものを透かせてしまうような猛暑の日に、鹿島神宮を訪ねました。参道から楼門を潜って本殿前までの白い石畳は、真上から照りつける太陽のために影もなく、陽炎の中で、あらゆるものが幻のように感じられます。
さらに進んで、原始の姿をとどめる叢林に入ると、空気が冷え、緩やかに踊る木漏れ日の中で、人も生き物も再び実体を取り戻したように生き生きし始めます。薄く敷き詰められた砂利の感触を味わいながら進んでいくと、どこからともなく一羽のクロアゲハが現れ、まるで先導するかのように、ヒラヒラと目前を飛んでいきます。
古代ギリシアでは、蝶は魂と同じ名である「プシュケー」と呼ばれ、魂の浄化と昇華の象徴でした。現代のカオス理論では、ほんの些細な動きがどんどん波及して大きな現象を引き起こすことを「バタフライ・エフェクト」と言います。「北京で蝶が羽ばたけば、ニューヨークで嵐になる」(元は、「ブラジルで蝶が羽ばたくと、テキサスで竜巻が起きる可能性がある」という気象学者のエドワード・ローレンツの言葉で、様々な例えが使われる)といったように言われます。
蝶が魂の象徴として考えられたり、物理的波及効果の最初の微細な動きにたとえられるのは、ほとんど質量を持たないような軽さと、天上にでもいる何者かが、細い細い糸で吊り下げて、気ままに振ってでもいるかのようなランダムな動きのためでしょう。
そんな蝶に先導されるように深い森の中心の聖域へと向かって行くと、それが異界への道行きのように思えてきました。そんな体験が生々しかったので、また異界の話になりますが、今回は、人を異界へと誘うと考えられてきた生きものたちの話をしてみたいと思います。
●魂を象徴する虫●
まずは、蝶に関する話を続けましょう。
蝶が魂の象徴とされたのは、その儚い舞い飛ぶ姿だけでなく、そのライフサイクルが、魂の旅路のメタファとされたからでもありました。地を這う芋虫から、死んだように動かぬサナギ、そしてそこから全く異なる美しい成虫が飛翔する。その完全な変態のプロセスが、死(サナギ)を経て魂が肉体という束縛から解放され、新たな姿で再生・復活するという観念を体現しているとみなされたのです。
このため、キリスト教文化圏では蝶は復活の象徴とされ、アイルランドの民話では、死体のそばを舞う蝶は、その人の魂が永遠の至福へと向かった徴であると語られます。日本では仏教思想と結びついて、死者の魂を極楽浄土へ運ぶ神聖な存在とも信じられました。仏具に、蝶の文様が頻繁に用いられたり、家紋にも蝶をモチーフとしたものが多いのは、この信仰の現れといえます。
『吾妻鏡』寛喜三年六月十三日条には、以下のような記述があります。「十三日、甲午、霽。黄蝶夥しく飛びて、鎌倉中に充満す。是合戦の兆なりと云々。天喜年中、陸奥出羽、此の怪有りと云々。将門并びに貞任等の乱、此の類なりと」。
武士たちは、戦死する兵士たちの魂が、死を予感して肉体を離れ、蝶の姿で現れると信じていて、蝶が魂の象徴に留まらず、異界からの予兆を告げる使者としても認識されていたことを示しています。
「将門并びに貞任等の乱、此の類なりと」とあるように、鎌倉で黄蝶が大量発生したことを受け、過去にも同様の怪異があり、それが平将門の乱や安倍貞任の乱(前九年の役)のような戦乱の前触れの先例としてあげられていることから、こうした予兆がかなり古くから信じられていたことがわかります。
沖縄では、蝶は「ハビル」と呼ばれ、神の化身あるいは神霊の象徴として、最高神女である聞得大君(キコエオオキミ)の正装やノロの着物の文様に取り入れられていました。
玉ハビルは、聞得大君が用いたビーズ編みの吊り飾りですが、その下部に垂れる三角布をハビルと呼び、神との媒介を象徴する要素でした。ノロも同様の綾蝶歩揺(アヤハビル)という竹に多数の蝶形の三角布をつけた髪飾りを付け、それが揺れ動くことで「神の依り代」として、神霊との接触を促すとされました。
蝶だけでなく、トンボもまた人間と異界とを媒介する虫と考えられていました。
>>>>>続きは「聖地学講座メールマガジン」で
初月の二回分は無料で購読いただけます。