□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
レイラインハンター内田一成の「聖地学講座」
vol.315
2025年8月7日号
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆今回の内容
○天地分離の媒介者
・天地分離と火
・原罪をもたらす火
・火の山がもたらすもの
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
天地分離の媒介者
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
前回と前々回、二回にわたって、なぜ異界という存在が生み出され、必要とされたのか、そして、この世と異界を結ぶ機能を果たす神について、さらにその神が隠された理由について考えてみました。今回は、またその続きになりますが、そもそも、この世と異界とがどのように分離されたのか、そして、その際に何が介在したのかを掘り下げてみようと思います。
異界とこの世は、端的にいえば天と地です。神話学では、ほぼすべての創世神話に、天と地が分離されるというモチーフが存在することから、「天地分離」はひとつの大きなテーマになっています。はじめは天と地は分かれておらず、人と神は同じところに住んでいた。あるいは、人間は神々に近い不死の楽園に住んでいて、神との交通を常に持っていた。ところが、あることをきっかけにして、天と地が分かれ、人間は地に落ちて、生命は有限になります。
もっともポピュラーな話は、聖書おけるアダムとイヴの物語でしょう。エデンの園という楽園で暮らしていたアダムとイヴが禁断の果実を食べて「知恵」を持ってしまった。それが神の怒りに触れ、二人は地上に追放されて、生きることの過酷さを味わうことになり、命も有限となってしまう。知恵を持つという「原罪」を犯したがゆえに、人間は不幸となり、地上の煉獄を経験しなければならなくなったというわけです。
日本神話においては、そうした「天地分離」がどのように記されているかをまずは見ていきましょう。
●天地分離と火●
火の神カグツチを産み、それがもとでホトを火傷して死んだイザナミ、そのイザナミが恋しくて黄泉の国まで追いかけたものの禁を破って変わり果てたイザナミの姿を見て逃げ帰り、天を治めることとなったイザナギ、この国生みに活躍した夫婦神の分裂が、日本神話における「天地分離」といえます。
聖書では、神とアダムとイヴという人間の祖が分かれたのが天地分離ですが、日本神話では、この時点ではまだ人間は登場せず、二神が天と地に分かれるわけです。これは、神対人という構図が明確な一神教と、多数の神々の関係性の中に人間存在が巻き込まれる構図をとる多神教との際立った違いの一つともいえます。
この多神教的な天地分離の構造について、民俗学者の沼沢喜市は、イザナギは天父的性格を持つのに対して、イザナミは地母神の性格を持つとして、以下のように分析しています。
「イザナギが、世界の初め、国を被うていた朝霧を吹き払った時の息は、風であり、妻を失って悲しみ泣いた時の涙は、雨であり、妻の死の原因となった火の神を、怒って斬った時の彼の剣は、雷であった。
彼がヨミの国から帰って川に入り、禊をし、両の目を洗った時に、日の神と月の神が生まれ、鼻を洗った時に、暴風の神が生まれた。イザナミと別れてのち、彼は天にのぼり、そこに永住することになる。こういう性格の神は、自ら天神であるか、ないしは、天に関連をもつ神である。
これに対して、イザナミは、彼女が火を生んでやけどをし、病の床に臥している時、その排泄物から、豊穣な土地と陶器を主宰する土神、灌漑と肥料を主宰する水神、更に食物と穀類の女神などが生れた。そして、彼女が後にヨミの国を支配する神ともなる、というわけである。
多くの神話によれば、大地の分離の結果として、太陽が地上に現われてくる。しかし、また他の神話によれば、太陽ないし火によって天地は分離される」。
世界中の神話を研究して天地分離のエピソードを分析した沼沢がたどり着いたのは、天地分離に介在するのは太陽もしくは火であるということでした。
冒頭にあげた聖書のアダムとイヴのエデンの園からの追放の場面では、太陽や火の介在は認められませんが、キリスト教神学者でもあった沼沢は、聖書の場合は、『創世記』冒頭の「神は光あれと言われた。すると光があった」という部分が天地創造であり、この「光」が「火」と対応するものであると指摘しています。つまり、聖書では最初に天地創造があり、後から神と人間を天と地に分離したわけです。
それは先にも記したように、混沌から神自体が形を成してくる多神教的な日本神話や東アジアの神話と、すべての源が神であるという一神教との際立った相違点でもあります。しかし、いずれにしても、天地創造や天地分離に火(光)が介在するのは共通です。それは、「火」を手中にしたことをきっかけとして様々な技術を生み出し、文明を作り上げることになった人類共通の遠い記憶を反映しているともいえるでしょう。
ところで、他の宗教における天地分離はどのように描写されているか、いくつか例を見てみましょう。
>>>>>続きは「聖地学講座メールマガジン」で
初月の二回分は無料で購読いただけます。