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レイラインハンター内田一成の「聖地学講座」
vol.282
2024年3月21日号
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◆今回の内容
○宮沢賢治と錬金術
・錬金術師としての宮沢賢治
・銀河鉄道の夜と錬金術のシンボル
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宮沢賢治と錬金術
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15年ほど前、宮沢賢治にまつわる場所を丹念に訪ね歩いたことがありました。
賢治は、北上の山々に抱かれた故郷を「イーハトーブ」と名づけていましたが、そこは、日本アルプスのように峻険な山脈が立ちはだかるダイナミック景色ではなく、また奥羽産地や北海道の山々のような人の侵入を拒むような濃密さを想像させるものでもなく、優しく弧を描く丘陵がどこまでも続き、その谷間には穏やかに流れる沢があって、ふっと心が安らぐ場所でした。
人の生活と自然が穏やかに溶け合っていると同時に、自然が湛える「意思」のようなものがにじみ出ていて、それが自然と向かい合う人間の「意思」とも協調し合っているように感じられたのです。そんなイーハトーブの景色と向き合うと、この土地の雰囲気が賢治という人格を形作り、そしてその作品を生み出させたんだなと即座に納得しました。
私は、若い頃から北上山地のあたりが大好きで、何度も訪ね、キャンプしたり、トレッキングしたりしていましたが、ずっと自分がこの土地に惹かれる具体的な理由がわかりませんでした。しかし、この賢治を巡る旅で賢治の心とシンクロするような気分を味わい、なるほど、この自然の雰囲気=ゲニウス・ロキが、自分の感性にも合っていて、賢治のように自然との一体感…あたりまえのように溶け合っている感じ…を持てるからだったんだなと理解したのでした。
さらに、そうした「自然とあたりまえのように溶け合っている感じ」というのは、「自然魔術」の感覚そのものであり、賢治は、その自然の雰囲気を表す言葉として、魔術的な呪文のような「イーハトーブ」という言葉を作り出したのではないかと思いました。
前回の後半では、ユングが自らの心理学の基本概念である、無意識=潜在意識の存在と、それが人間の精神に及ぼす影響について、錬金術から着想を得て確立していったということに触れました。その錬金術は太古の自然魔術を基礎にしています。
太古の人々は、洞窟の壁に狩りの様子を描くことで、その光景が実際の狩りの際に影響を及ぼし、獲物を得ることができると信じました。そんな素朴な自然魔術から、人間は自然から切り離された存在ではなく、自然=宇宙は一つの生きた有機体であり、その各部分が互いに影響し合っている。「ミクロコスモス(人間、その精神)」と「マクロコスモス(大宇宙)」は鏡像のように相互に関連しているという概念まで洗練させたのが錬金術です。
このような錬金術の概念は、賢治の作品にも如実に現れています。賢治が錬金術について研究したり知悉していたという具体的な記録はありませんが、ルネサンスの時代に錬金術をさらに洗練させ、近代科学への橋渡し役を果たしたパラケルススと、その精神を純粋に引き継いだ、ゲーテ、ニーチェといった系譜に賢治も間違いなく連なっていると私は思います。
今回は、そんな発想から、賢治の人となりと、その作品を錬金術という観点から分析し、自然魔術の聖地ともいえそうなイーハトーブについて考えてみたいと思います。
● 錬金術師としての宮沢賢治 ●
賢治の生前に出版された唯一の童話集である『注文の多い料理店』の序で、彼は次のように書いています。
「これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、ほんたうに、かしわばやしの青い夕がたを、ひとりで通りかかったり、十一月の山の風のなかに、ふるへながら立ったりしますと、もうどうしてもこんな気がしてしかたがないのです。 ほんたうにもう、どうしてもこんなことがあるやうでしかたがないといふことを、わたくしはそのとほり書いたまでです」
この一文から、賢治は生まれ育った東北の自然の中に自分が「含まれて」いて、その自然との語り合いの中から自分の物語が生まれでいること、つまりは、自分がシャーマニスティックな自然魔術師であると自覚していたことがわかります。
さらに、「薬師火口の外輪山をあるくとき/わたくしは地球の華族である/…さうだオリオンの右肩から/ほんたうに銅青の壮麗が/ふるへて私にやって来る」(『東岩手火山』)。と記し、「月夜のでんしんばしら」や「日輪と山と」といった絵画で、目に見える自然のさらに奥にある超自然の印象を表現しているところにも、それが明確に現れています。
賢治はしばしば夜の山に登り、花崗岩の巨岩の上に佇んで多くのインスピレーションを得ていました。そんな賢治と同じく花崗岩に惹かれ、そのむき出しの岩盤の上で瞑想することで作品の着想を得ていた作家がいます。それはゲーテです。
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