福井県の越前市、私は旧名の武生市のほうがしっくりくるのだが、その旧名を残した武生駅に隣接して、小さなブックカフェ「ゴドー」がある。
先日、北陸を回る用事があり、あちこち巡り歩いて疲れて、このゴドーにたどり着いた。
荷を下ろしてホッとして、長い歴史を持つこのカフェのなんともいえないゆったりした時間の流れの中に身を浸していると、長大な旅の果てに懐かしい故郷にたどり着いたような安堵感に包まれる。
独特のバイブレーションに包まれているとでも言えばいいのか、カフェの調度も本棚を埋める書籍も、そしてオーナーの栗波さんも、ここに停泊するように集まる常連さんたちも、みんな一つの雰囲気に溶け込んで、そこに自分も溶かし込まれていく快感に浸るうちに、異次元にいるような気がしてくる。
午後早くに着いて、扉を開け、気がつけば3時間も過ぎていた。さらに、栗波さんが近くの大虫神社の湧水を汲みに行くというので、それに同行し、この地域の雰囲気を象徴するかのような境内でのんびり過ごした。
このところ、憂鬱なことが続き、それを解消する気晴らしのようなものもなく、また身近に気のおけない友人もなくて、ずっと澱のように淀んでいた気分が、不思議なことにゴドーでの半日で、すっかり消えて無くなった。あらためて、「場」と、そこに集う「人」の雰囲気の影響の大きさに気づかされた。
さらに、今回は日本のワイン醸造の父ともいえる人との出会いがここであり、「2005年のブルゴーニュは、当たり年でね。そのとっておきのボトルがあるんだけど、今度ここで口開けするからいらっしゃい」と、なんとも嬉しいお誘いをいただいた。
ワインにはとんと疎いのだけれど、だいぶ昔、ワイン通の友人の家で、ビンテージのシャトゥーラトゥールをいただく機会があり、デキャンティングしたそのワインを時間を掛けて飲んでいると、どんどん味が変化していって感動したことがあったが、そんな話をこのワインの先生は喜んでくれたのだった。
しばらくオートバイで山奥を走り、携帯電話の圏外でキャンプする生活をしていたが、そこで、自分が知らず知らずのうちにSNSに毒されていたことを自覚した。
日々刻々の人の動静を追い、また、自分の動静をアップして、互いにリコメンドやコメントをしてコミュニケーションしたような気持ちになっている。そして、そんなことに長い時間を食われてしまっている。
バーチャルなコミュニケーションの世界から隔絶されてみると、とりまく世界を感じ、自分の心と対話する時間がたくさん持てることに気づく。そして、バーチャルなコミュニケーションの虚しさも感じた。
人が何をしているのかを克明に知る必要もなければ、自分の活動を大勢の人に公開する必要もない。そんなことにかまける時間があれば、本を読んだり映画を見たりしたほうが、人生の彩りはよほど豊かになる。
あるときから、バーチャルなコミュニケーションでも、ゴドーのようにホット一息つける場所が欲しくて、「幻想図書館」という試みを始めた。でも、それもSNSの世界にあって、今は開店休業状態が続いている。今回、あらためてゴドーを訪ねて、リアルな幻想図書館を立ち上げたいなと思った。
ゴドーを後にしてから、数日、地方の友人を訪ね、幻想図書館の話をすると、それぞれに興味を示してくれた。
気心が通じ合う人たちだけが集う秘密の図書館(カフェ)。それが、全国に密やかに存在していて、ゴドーと同じような時間を過ごすことができる。心が疲れているなら、ぼんやりと滞在することもできる。そんな「場」をコツコツと作っていきたいと思う。
いつか、あなたの元にも、幻想図書館の招待状が届くかもしれませんよ。
最近のコメント