幼いころの思い出はファンタジーの色を帯びている。そして、それはそのときにはリアルな現実だったのだ。
大人になって、何かのきっかけでふと思い出した時、かつて自分が別世界の住人であり、そこには二度と戻れないことに気づいて切なくなる。
先日、『ブレードランナー』の原作であるフィリップ・K・ディックの『電気羊はアンドロイドの夢を見るか』を久しぶりに読み直して、無性にSF世界に浸りたくなった。もう何年もSF小説を読んでいなくて、いろいろ物色したら、早川書房が数年前から展開している新ハヤカワSFシリーズの中に、以前気になっていた作品を見つけて手に取ったら、止められなくなった。
ケン・リュウの『紙の動物園』という短編集で、2012年にネビュラ賞、ヒューゴ賞、世界幻想文学大賞の各短編部門をトリプルで制して話題を呼んだ表題作と14の短編が収録されている。
その『紙の動物園』が、子供時代に生きていた別世界の存在を蘇らせてくれる。
今、希望のない殺伐とした時代になってしまったと我々大人は感じているけれど、今現在、子供時代を生きている人たちは、社会がどうあろうと自分が没入できる一人ひとり独自の世界を持っているはずだ。
『紙の動物園』は、そんな世界を持っていたという記憶が、いかに人として生きる上で大切かを淡々と描き出している。
もし、今という時代が、子どもたちがそんな世界を持てない時代になっているのだとしたら、これほど不幸なことはない。
今では見えなくなってしまった、あるいは話せなくなってしまった、「何か」を見た記憶、話した記憶をはっきり思い出せる大人がたくさんいるような社会が、人に優しく生きやすい社会なのだと思う。そんな大人で溢れるような社会にしたいものだ。
ハヤカワのこの新シリーズは、ザラリとした紙で欧米のペーパーバックのような作りがノスタルジックで、また手にも馴染みやすく、二段組がとても読みやすい。ジーンズの尻ポケットに突っ込んで公園に出かけていって、日溜まりの中で異世界に浸るシチュエーションがぴったりだ。
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