10代かせめて20代の初めの頃に読んでおけばよかったと思う本を、今ごろになってようやく紐解くということが時々ある。岩波少年文庫に収められたこの本もそんな一冊だった。
子供向けの優しい文体で書かれ、活字も大きく、2時間もあれば読めてしまう。仕事の合間にパラパラとめくりながらでも、二日あれば読み終わる。平易だけど、内容は重い。
第一次大戦でヨーロッパ全土が荒廃し、その焼け跡も酷い殺し合いの記憶もまだ生々しかったはずなのに、さらに惨たらしい第二次大戦へと世界は突入していく。
第一次大戦後、不景気に喘いでいたドイツ。多くの人が失業して、日々の暮らしに喘いでいた。主人公の小学生の一家も父親が失業中で、学校行事に出かけることも諦めなければならないほど、困窮していた。同じアパートに住む主人公の友人フリードリヒの一家は、そんな世情の中でも父親は安定した仕事をしていて、比較的裕福だった。
アーリア人種優性論を説き、アーリア人が貧しい生活を余儀なくされているのはおかしいと説いて人気を集めたヒトラーは、ユダヤ人の富に目をつける。でっち上げのユダヤ陰謀論を根拠に(ヒトラーやソ連の秘密警察が贋作した『ユダヤ議定書』などを根拠にした陰謀論はいまだにくすぶっている)、反ユダヤキャンペーンを張って、ユダヤ人の財産を没収していく。ナチス・ドイツは、そのユダヤ人の財産で肥え、ユダヤ人以外のドイツ国民は困窮生活から脱していく。
主人公の一家とフリードリヒの一家も、皮肉なことにシーソーに乗っているように、貧困と裕福が逆転していく。
ユダヤ人排斥のキャンペーンは巧妙で、初めのうちは、些細なヘイトスピーチ程度にすぎない。でも、それがポグロム=ホロコーストに進むまでは、ほんの一瞬の間だった。
生活のためにナチス党に入った主人公の父親が、不穏な社会の空気を内部にいるからこそ敏感に感じ取り、フリードリヒの父親に、着の身着のままで今すぐドイツから逃げろと忠告する。
しかし、フリードリヒの父親は、それを杞憂だと笑い飛ばす。「この偏見は、中世なら、ユダヤ人にとって命の危険を意味していましたよ。しかし、人間は、その間に、少しは理性的になったでしょうからね。…あなたが考えられるようなことは、起こりえませんよ、この20世紀の世の中では、起こりえません! ーしかし、あなたが率直にいってくださったことと、親身のご心配には、ほんとうに心からお礼をいいます」
長い不況からヒトラーが救ってくれると信じて政権を渡したドイツ国民は、自分たちの生活が楽になったのはユダヤ人の財産を奪い取ったからだということを知らなかった…知っていた人間も、そのことから目を逸らしていた。
ヒトラー=ナチス・ドイツの暴走は、ワイマール共和国憲法をないがしろにし、自らに立法権を与える「全権付与法」を与えたところから始まる。
本書や『アンネの日記』、『夜と霧』は、同じことを繰り返さないために、今一度読みなおしたほうがいいだろう。とくに、今の政権を担う政治家諸氏にこそ、読みなおしてもらいたい。
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