今日は、フィールドでの夜のナビゲーションについてまとめていたのだけれど、自分の体験を振り返って、ある出来事を思い出した。
昔、メキシコの砂漠を走るレースに出ていた頃、初めて走ったレースで、夜にコースマーカーを見落として真っ暗な砂漠を彷徨うハメになった。
広大な砂漠の中で、どこでコースマーカーを見落としたのか、冷静になって考えようと思い、エンジンを止めたとき、自分が恐ろしいほどに星が満ち溢れた空の下を走っていたことに気づいて、しばし呆然と見とれていた。その星空と、星明かりに浮かび上がる砂漠に生えるカクタスのシルエットは、地球上の景色とはとても思えなかった。
と、景色に見とれてばかりもいられないので、オートバイのエンジンをかけて走りだすと、世界はヘッドライトが照らし出す砂っぽい矮小なものに、戻ってしまった。
コースに復帰するべく、トレースを辿っていると、前方に一つのライトが灯り、それがどんどん近づいてきた。
そして、それが同じエンデューロマシンのヘッドライトだと気づいたとき、危うく正面衝突しそうになった。ぎりぎりでコースアウトして躱したものの、しばらくは激しい動悸が収まらなかった。
砂漠といっても、バージンスノーのような無垢の砂丘が続くところではなく、カクタスや灌木を縫って、四輪がつけたトレースが伸びている。オートバイは四輪がつけた轍の片方を進んでいくのだが、ぼくは左の轍を行き、対向してくるバイクは右の轍を走っていたために、正面衝突しそうになったのだった。
深い轍から飛び出して、危うく転倒しかかったものの、なんとか態勢を立てなおして復帰し、しばらくはペースを落として走った。
しばらくして動悸が収まり、どうして互いに真正面からぶつかりそうになったのかを考えた時、ふいに、ミスコースした理由が閃いた。
それは、ぼくが車が左側通行の国からやってきたために、無意識に左側の轍を辿っていたからだった。レースは右側通行の国が舞台だから、コースマーカーはトレースの右側に付けられている。左側を走っていれば、オートバイのヘッドライトの光がトレースの右に付けられたマーカーに当たらずに、見落としてしまう。
記憶のある分岐まで戻り、今度は右側の轍を走っていくと、コースマーカーは、いつもありありと浮かび上がって、ミスコースすることはなかった。
ぼくとすれ違ったライダーは、ぼくのライトを先行者と間違えてミスコースしてしまったのだろう。
常識や習慣に囚われていると、時として進む方向を見失うときがある。そんなことをこのとき学んだ。
だから、物事がにっちもさっちもいかなくなったとき、自分の「こだわり」を一度捨ててみることにしている。これだけは譲れないというこだわりも、あのメキシコの砂漠で悟った一瞬を思い出して、冷めた目で見つめなおしてみる。
するとこだわりが消えて、見落としていた道標に気づくことができる。
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