何度対面しても、瀬戸内の夕陽には心揺さぶられる。
太陽が高い位置にあるときは、降り注ぐ光に白く輝いていた景色が、水平線に近づいてくると徐々に赤みを増していく。そして、 いよいよ水平線に掛かると、空も凪いだ海面も茜に染まり、太陽自体も下端の深紅から上端のオレンジへと見事なグラデーションを描き出す。
刻一刻と、夕焼けのクライマックスへ向かって色が濃くなってゆき、太陽が水平線に没した直後、世界が燃え上がる。そして、 まるでその光景が幻想だったかのように、夜の帳が「ストン」と降りる。
この光景を前にしたとき……いや、この光景の中に飲み込まれたとき、人は言葉を失ってしまう。そして、感動に硬直した後に、 心の奥底から寂しい気持ちがわき上がってくる。それは、ぼくたちが祖先から受け継いできた記憶の中に、 人の一生におけるクライマックスもこの夕陽のように儚いことが深く刻み込まれているせいかもしれない。
寂しいとは言っても、それは不快な気分ではない。人も地球も大宇宙も、 同じクライマックスと終末の運命を持っていることを実感することによって、自分も大きな営みの一部であることの安心感にも包まれる。
もう幾度も瀬戸内の夕陽と対面したが、その度に、四国まで足を運んで良かったと思わされる。
先週末、26、27日の両日、e4プロジェクトとフリークラウドが突貫作業で進めてきた"仁尾フェスティバル"が開催された。
シルバーウィークの翌週で、会場へはアクセスが遠いというハンデがあったものの、 蓋を開けてみれば400人あまりもお客さんが集まった。
ぼくは、仁尾港の沖に浮かぶ無人島"蔦島"でツリーイングワークショップの講師を務めていたので、 メイン会場の賑わいは知らずに終わってしまったが、二日目の午後は早々にワークショップを撤収してシーカヤックのワークショップに合流し、 久しぶりの海を行く感触も堪能することができた。
26日、ハッピーアワーもたけなわの頃、フリークラウドのベースがある入江に夜のスイムに行っていたスタッフが戻ってきた。 久しぶりにシーカヤックガイドとして復帰したニュージーランドのRyuさんが、「内田さん、夜光虫が凄いから見てきたほうがいいよ」と言う。
さっそく、このときテーブルを囲んでいた白馬のペンションミーティアの福島さんたちと一緒にベースへと行ってみる。
一見したところでは、黒い絨毯のような海面だが、サンダルのまま水の中に入っていくと、自分の足の周囲の波紋が見事に青白く光った。 さらに、水底の震動を感知したのか、入江のところどころで蛍のような光が瞬く。
面白がってバシャバシャと水を蹴立てると、見事な光の飛沫が舞い上がる。
かがんで水の中に腕を入れ、ゆっくりと動かすと腕の回りを動く水が腕を包み込むように光り輝く。無心でそれを見つめていると、 催眠術にでもかかったような気分になってくる。
8月の白馬では漆黒の闇に乱舞する蛍に感動したが、ここでは、自分の動きに海水が反応して、目映い光の帯を作る。
「こんな光景が見られただけで遙々四国までやってきた甲斐があった」
と、福島さんは呟いた。
ぼくは、このまま泳いで沖へと出るか、あるいはシーカヤックを漕ぎ出して、全身で光に包まれてみたいと、 まさに夢遊病者のように思った。そして、真剣に、岸に上げてある一艘のカヤックを漕ぎ出そうかと考えた……だが、一方でふと我に返り、 このまま幻想の海へ漕ぎ出したら、現実に戻ってくることができないのではないかと恐ろしくもなった。
沖縄の漁師には、「月の美しい夜は、漁に出てはいけない。もし出るなら、陸との繋がりを思い出せるものを必ず持って行け」 という言い伝えがあるという。あまりに幻想的な光景に魅了されて、そのまま異界へと連れ去られてもかまわないと思ってしまう。そんなときに、 現実を思い出せるものを手に取り、異界への誘惑を払うのだという。そんな逸話をふと思い出した。
e4プロジェクトに関わるようになってから、四国の人と自然に触れる機会が多くなった。そんな中で、とくに印象的なのは、 この穏やかで奥深い自然に愛着を持ち、誇りに思う四国人が大勢いることだ。
プロジェクトの親分であるゴーフィールド社長の森田氏は、「四国には、本州の北アルプスのような大自然はないんですよ。だけど、 ここの小自然も味があるんですよ」と、やや自嘲気味に言う。だけど、自然がコンパクトで身近だからこそ、 その繊細さや奥深さも十分に感じることができるし、自然と自分が一体であることを実感もできる。
夜光虫の海に子供のように戯れながら、もっともっと四国の自然と触れあいたくなってきた。
**今回は自分がツリーイングワークショップの主催となってしまったので、 メイン会場で楽しむことができなかったのが残念**
**メイン会場では、新スポーツ"スラックライン"が人気を集めた。じつは、今回、 ぼくが持ち込んだアクティビティだが、自分ではじっくり楽しむことができなかった**
**無人島ツリーイングもなかなかの人気だった。島の主のような木と戯れて、 さらに四国の自然が身近に感じられた**
**残念ながら夜光虫輝く海の写真は撮り損ねた。でも、あまりにも幻想的なその光景は、 とうてい写真では表現できないだろう**
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