ずっと気になるミニベロがあった。
香川に本拠を置くアイヴエモーションがリリースするブランド"TYRELL"。20インチのタイヤを履くミニベロでありながら、 剛性の高いフレームと長めにとられたホイルベースのおかげで、大径車と同じような安定した操縦感があるのだという。
写真で見ただけでも、斬新なフレームワークはいかにも軽量ながら剛性が高そうだし、大柄な男が跨ってもミニベロにありがちな 「蹂躙している」といったバランスの不自然さもなくて、どんな走りをするのだろうと、想像力を掻き立てられた。
不思議なモノで、「これいいなぁ」とか「この場所へ行ってみたいな」と具体的にイメージすると、向こうの方からやって来る。
今回は、かねてから訪れてみたかったアートの島『直島』でTYRELLに乗れる機会がやってきた。
**今回は、 なんとTYRELLのミニベロラインナップ全てを一気乗りさせていただいた**
つい先日、サイクリストの丹羽隆志さんからSpecializedの"Crosstrail Pro"を借りて、今のバイクの進化具合に感動したばかりだったが、ミニベロ界の雄TYRELLはまた、独特な感覚で、 いっぺんに惚れ込んでしまった。
特注の細身のスリックを履かせているので、軽い踏み込みでスタートできる小径車の特徴がいっそう際だっている。 ギアはシングル9スピードのモデルと10×2スピードのモデルがあったが、どちらもギア比がワイドなので、 フラットロードでは思い切りスピードを載せていけるし、島ならではの急なアップダウンでもシッティングのまま涼しい顔で漕いでいける。
そして、何より素晴らしく思えたのは、高速での安定感だ。直島の中央分水嶺を越えて、一気に駆け下りる峠道では、 ノーブレーキでスピードを上げていっても、 ミニベロ特有のフロントのシミー(駆動力に前輪が負けて小刻みにハンドルが振られる現象)も起きないし、 コーナリングでのオーバーステアといった顕著なハンドリングの変化もなく、普通のロードバイクを走らせているように、平然と安定している。
今回訪れた直島は、軒を連ねた集落に細い路地が入り組んだ、昔ながらの漁村風景が残っている。その中をゆっくりと通過していくのに、 小回りの利くミニベロは、まさにベストな交通手段だ。
直島はベネッセコーポレーションと直島福武美術館財団が運営主体となって、島全体を現代アートで彩るというコンセプトの元に、 様々な試みが展開されている。
オフィシャルな美術館のほうは、じっくりそこだけで時間をかけたいので、今回はパスして、直島の古い町並の中で展開されている 「家プロジェクト」をメインに見学した。
フェリーの発着場がある宮浦は島の西側にあり、家プロジェクトのメイン会場本村は東側にある。 往路は島の外周道路を反時計回りに辿って、本村へと向かう。
途中には、白砂がまぶしい小さなビーチがあり、峠からは瀬戸内の海と島々が一望できる。
本村は高速船が発着する港に小さな漁港が隣接し、 町のほうは古いたたずまいの家と景観を統一するために昔ながらの建築で建てられた家が混在している。 高松から直島行きのフェリーに乗り込んだ際に、平日なのに観光客の多いことに驚かされ、さらにその中に外国人の割合が多いことに、 この島の世界的な知名度の高さを実感した。
本村は、そんな背景を意識して、古い佇まいを残しながら、アートの島ならではの雰囲気を演出した飲食店や宿が多い。 街の雰囲気としては、湯布院あたりの垢抜けた雰囲気と高山あたりの小京都的な詫びが併存しているといえばいいだろうか。それが、「島」 ならではの孤立感と合って、直島独自の雰囲気を醸し出している。
「家プロジェクト」は、そんな直島の独自の雰囲気の中にとけ込むように展開されている。 あるものは昔の町屋そのものの中にイルミネーションが点滅する池を配し、あるものは江戸時代の蔵の中に幻想的な滝を描き出す。町外れには、 ジャンクを寄せ集めた元歯科医院があり、中から自由の女神が外をうかがっている。
島の鎮守様もアートと合体して、鬱蒼とした林を抜けて丘の頂上に出ると、白い玉砂利が敷かれた境内の向こうに、 氷の塊のようなアクリルの階段をつけられた本殿が鎮座している。なんのポリシーもなく、ただ面白がってこんな風に神社をいじったら、 たちまち天罰が下りそうだが、そこは「アート」の強み、なんだか神様も面白がっているように感じられる。
ジェームズ・タレルの作品は、光と影を体感することをアートに昇華するのが特徴で、大規模でありながらとことんシンプルで、 そこに何が起こるのかなどまったく想像できない参加者に、自分が五感として持っていながら意識したことのない新鮮な体験を味わわせてくれる。
どんな仕掛けか紹介してしまうと、せっかくの体験が薄くなってしまうので、具体的なことは触れないけれど、 タレルの家プロジェクト作品一つを体感するだけでも、この直島にやってくる価値はあると思う。
来年は「瀬戸内国際芸術祭」が開催されることもあり、直島人気はまた格段に盛り上がりそうだ。 それに合わせた作品の製作も進められていて、いったいどんな斬新な世界で楽しませてくれるのか、今から楽しみだ。
本村でのんびりと時間を過ごした後は、島の北側まで足を伸ばしてみる。ここには古くから操業を続ける銅精錬所があり、 1970年代までは、その煙突から出る有害ガスで直島を構成する27の島のほとんどの植物は枯れ果ててしまったという。今でも、 島の北にはそんな荒野の面影を感じさせる風景が広がるが、80年代以降に行われた環境復元対策が功を奏して、今は、 緑豊かなアートの島に変貌しているというわけだ。
今でも操業を続ける精錬所とその行員宿舎は、昭和の高度経済成長時代の面影が濃い。これも、アート作品を見てきた後では、 「時代遺産」として展示されているものなのではないかと錯覚を起こしてしまう。
直島では、ミュージアムや家プロジェクトを効率よく見学できるように循環バスが巡っているが、そんなバス路線から外れて、 島の別な一面をかいま見られるのも、バイクならではだろう。
**今回は、高松市郊外にある『玉響』という古民家を改装した宿を拠点とした**
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