30年前に他界した父親が、一振りの脇差しを持っていた。肥前国正廣の作。それを何のために購入して、 手入れしていたのかはわからない。
先日、実家に顔を出したときに、「そういえば」と、思い出し、押し入れの奧から引き出してみた。
もう20年以上出していなかったので、赤錆にまみれているかと思ったが、それは、 どうして鋼が20年以上ほったらかしでこんな光沢を保っていられるのかと腰を抜かすくらい玲瓏とした光沢を保っていた。
ぼくは、これを自分が受け継ぐべきではないと思った。
20年もほったらかして、また押し入れに戻したら、きっとその存在すら忘れられて、ここまで丹誠込めて作られたモノが、 さすがに月日の流れに負けて朽ちてしまうだろう。
そこで、この刀に関する資料をまとめて、方々に問い合わせをしてみたところ、 ごく近くにとても誠意のこもった鑑定をしてくれた人がいた。
上尾市で干将庵という刀剣商を営む楢崎伸樹氏。
今日、その楢崎さんに正式な鑑定を御願いした。見立て、説明、全てに納得がゆき、 父の形見ともいえる刀といくつかの拵えを引き取ってもらった。
楢崎さんはプロのベーシストから刀剣商に転身した異色の人で、話がとても面白かった。
「面授」という言葉があるけれど、ただメールのやりとりや電話で話したりしただけではわからない、 面と向かい合って話すからこそ伝わってくる様々なものがある。
相対した人の目線だったり、息づかいだったり、所作だったり……面と向かい合うからこそ、 言葉などより遙かに多くの情報が伝わってくる。
そうした面授を持ってして、この人なら父親の形見を託せると思った。
作り手の心がこもったモノは、その心を理解できる人の元にあるべきだと思う。また、人が職業や伴侶、友人を選ぶときも、 やはり適切なはまり所や人があると思う。
無理や我慢をして自分を合わせていたら、不平不満に凝り固まったまま、人生を終えてしまう。鈴木大拙が、「ああ、面白かった」と、 一言末期の言葉を残したような、そんな人生を歩むために、自分も自分のあるべき場所に身を置いて、気の合う人間たちとともに歩みたいと思う。
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