河出文庫から刊行されている"須賀敦子全集"を読んでいる。
長くイタリアに暮らし、イタリア人のご主人と死別してから日本に戻ってきて、懐かしいイタリアの風景を入り口として、 様々な人たちと心の通い合った思い出を掘り下げる。
ぼくはイタリアに暮らしたことはないし、まだ行ったこともないが、須賀さんが丁寧に描写するイタリア人たちは、 まだ日本にもコミュニティが存在した、ぼくの子供の頃の田舎を思い出させるような懐かしさにあふれている。
今の日本の都会の生活では、自分を含めて、大方の人たちはなんとか生きのびていくことに汲々としていて、 身近な人を思いやる余裕を忘れている。
後に須賀さんの夫となるペッピーノとともに右も左もわからない彼女をジェノワの駅へ迎えに来ていたガッティという人物についての話が出てくる。
ジェノワの駅で出会った若い日からずっと親友であり、須賀さんにとっての良き助言者であったガッディ。彼は、 ペッピーノが亡くなって現実を直視できなくなっていた須賀さんを、「睡眠薬を飲むよりは、喪失の時間を人間らしく誠実に悲しむべきだ」 と戒め、それで須賀さんは立ち直ることができたという。
だが、そのガッディは、長年面倒を見ていた母親が死んだり、仕事がうまくいかなくなっていったりして、 「ガッディの精神があのはてしない坂道を、はじめはゆっくり、やがては加速度的に下降しはじめ」ていく。
頼りになる助言者であり、慈愛に満ちた暖かさで見守ってくれたガッディが老人ホームで、 ただニコニコとキャンデーを舐める姿に底知れない悲しみを覚え、その姿を目撃してから、 ついに見舞いに足を向けることなく逝ってしまったときに、「また、ひとつ、どこかに暗い穴が開いた」と放心してしまう。
人と真剣に向き合い、喜びや悲しみを分かち合い、励ましたり戒めたり……そんな関係が持てた須賀さんの人生が、 彼女の文章を読んでいくと、とても羨ましく思える。そして、こうした人間関係は、コミュニティが安定しているからこそ、 互いに長いスパンで関係していくという意識があるからこそ生まれてくるのではないかという気がする。
しかし、須賀さんの物語に登場する人々は、互いのことを思いやりながら、時代の急激な変化に、それぞれの道へと連れ去られ、 須賀さん自身も日本移り、懐かしい異国=故郷に想いを馳せながら、あっけなく生涯を閉じてしまう。
須賀さんがガッディの人生を振り返ったように、親しい友人の生きざまを見守り、自分も見守られながら最期を迎える…… そんな人生を歩みたいと思う。
コメント