この世界を、この宇宙をどのようにとらえ、どのように認識するか……コスモロジーを意識として持ち得たかどうかが、 人と動物を分ける境界なのではないかと思う。
欲や得ではなく、生存のための本能でもなく、自己を越えて広い世界を想像して、自己の立つ位置をイメージする。 宇宙が変容するのに合わせて、自己の位置も常に修正していく。
「世界は多様で変化に富んでいる」……高度情報化された現代にあって、人はそんなふうに思いこまされている。だが、 本当にそうだろうか?
マスコミがマネーゲームをあおり立てれば欲得に目の色を変え、不況だと言われれば絶望感と倦怠感が蔓延する。 自己の位置を見定めるコスモロジーはおろか、目先の方向性を決めるための「とりあえずの価値観」すら失っている。
そんな社会には、少し背を向けて、2008年から2009年への変わり目は、一人静かに「コスモロジー」を考えたいと思う。
昔の人たちが残してくれたコスモロジーのイメージは、デジタル情報では伝えられない様々な情報が詰まっている。
まずは、そんな豊穣なイメージの読み解きから始めてみるつもりだ……。
Uchida様
今回ほど、 書き込みを立て続けにしたことはない。 何かがそうさせているのだ。 大地の声かもしれない。 1月26日に大峯山に登った。 積雪があるので、 登れるところまでと思い始めたところ頂上の大峯山寺まで登ってしまった。 そこで凄い経験をすることになる。 それは「五十九歳からあなたへ」に書いているので、 できたら是非読んで頂きたい。
投稿情報: Thackery | 2009/01/29 04:08