今週はずっと毎年定例のツーリングマップルの取材で、中部を巡っていた。
今年のテーマの一つに名水百選のネクストバージョンである平成の名水百選巡りがあるのだが、今回はその中のいくつかも訪ねてみた。
旅のスタートは中央高速の諏訪ICで下りて、諏訪大社前宮の湧水へ。
ここは名水百選には入っていないけれど、原始の森が残る守屋山からわき出る水は甘くてまろやかで、気に入っている水の一つだ。 神社の境内をぐるりと取り巻いて流れる小川がミネラルウォーターそのもので、傍らの御柱を見上げながら戴くと、 まさに天の恵みという気がする。
さらに、高遠、伊那、木曽と抜ける静かな山里の道を辿って、木曽川の源流「水木沢」へ。ここも、 白い砂地の上を目の覚めるような清流が滑り落ちていく。
今回の取材では、松本市内にもたくさん湧水があることを知った。
この町は、高校生の頃から何度も訪れているが、登山基地としてのイメージが強くて、 街自体の風情を楽しむといった旅をしたことがなくて気づかずにいた。
街のど真ん中に湧水の井戸があり、そこで通りかがりの人が喉を潤していく。また、自転車でやってきて、 ペットボトルに水を汲んでいる近所の店員風の女の子は、「この水で淹れたお茶や珈琲は、お客さんに喜んでいただけるんですよ」と、 にこやかに言う。
何も手を加えず、自然そのままの水が身近にあることの潤い……それは、昔の日本だったら、 どこでも当たり前のことだったのではないか。
「名水」と言われ、目の色を変えた「名水亡者」がたくさん押しかけて、巨大なペットボトルを幾つも満たすまで独占している…… そんな光景を観ると、水が汚れること、自然が穢されること、それがそのまま人の心を汚しているように思える。名水亡者の濁った心には、 どんな名水も効き目などあるはずはない。
ふと立ち寄った旅人が、その土地の恵みを、感謝をこめてひっそりといただく。それを地元の人もほほえましく見てくれる。 松本の湧水は、いつまでもそんな形であって欲しいと思う。
白馬から、雨飾山の麓の原生林を抜け、焼山、火打ち、妙高といった信越の名峰の中腹を巻くダートを行くと、笹ヶ峰牧場に出る。
この牧場のど真ん中に人知れず名水があるという。
ビジターセンターにバイクを止めて、牧場の中の柵を巡らせた道を800m進むと、岸辺にクレソンが生る小川に出る。その源流は、 あちこちからモリモリと水がわき出ていて、手をつけると千切れそうなほど冷たい水が蕩々と流れている。
牧場までのアプローチが長く、他に観光資源もあまりなく、しかも車を降りて歩かねばならないということで、名水亡者の陰もなく、 ゆっくりと清々しい自然に浸りながら、水を味わう。
昔、あちこちの山を登って回っているとき、とびきり旨い沢水の場所を記憶していて、 そこを大休止のポイントやキャンプサイトとしていたが、あの水たちは、まだ穢されずにいるだろうか……ふと、そんなことを考えてしまった。
この世界的にも希有な水の国の湧水が、いつまでも安心して味わえるものであって欲しいと思う。
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