この ところ、自分のblogのアクセス解析を見ていると、『多田富雄』の検索キーワードで辿られている頻度がとても高い。 今年一月のエントリー「多田富雄」 にヒットしているのだが、どうしてだろうとずっと気になっていた。
いろいろと調べてみると、多田さんが6月10日付けの朝日新聞のコラムに『この国は病んでいる』 というタイトルでコラムを書かれていて、それがたくさんの人の共感を呼んでいることがわかった。
前のエントリーにも書いたが、もうずいぶん昔、 松岡正剛氏といとうせいこう氏が司会をつとめたNiftyのフォーラムにゲストとして多田さんが出演され、 懐かしい茨城訛のイントネーションで、優しく、わかりやすく生命の意味について語られたのが、印象に残っている。
免疫システムやら分子生物学というと、ぼくのような文系の人間にはわかりにくいものだが、多田さんは、 それを科学的なアプローチをしながらも、感覚的なことも大切にされて、数値化できない部分を微妙な、でもわかりやすい形で語ってくれた。
多田さん自身、生粋の科学者ではあるけれど、能の作者として、数値では割りきれない世界にも傾倒し、 物語の自己組織化も生命現象も同じ創発的現象として語られていたので、ぼくでも理解できたのだった。
当時は、ちょうど『複雑系』 の考え方が世に出て来たばかりで、それまでの、「この世は神によって作られた」といった神学的な世界観や、「全てを統べる宇宙の法則がある」 といったニュートン的な世界観から、「じつは世界は単純なエージェントが作用しあうことによって、 複雑なものやより大きな構造を形成していく」といった、新しい観念にとても興味を引かれていたときだった。
その複雑系の考え方は、一つの細胞が、環境や他のエージェントとの相互作用によって、脳や目や消化器官…… といった機能細胞に変化していくという分子生物学の現象からヒントを得て生み出されたもので、まさに、 その分子生物学の泰斗である多田さんの話は、この世の見方をまったく変えさせてくれたものだった。
じつは、ちょうど先日、『複雑系』を読み終え、そのレジュメを作っていたところで、 まったく意外なところから多田さんが登場して驚かされたのだった。
まったく新しい分野を切り開き続け、単なる研究者としてだけでなく、能世界を創造する芸術家として、 いつも精力的に世界を理解しようとし、そしてより良い世界を創造しようと努力し……病に倒れても、それに屈せず、 まだまだ道なき道を先頭を取って進んでいこうとするこの先達の目には、「弱肉強食」の殺伐としたこの国が、 悲しいほど病んでいるように見えてしまうのだろう。
そういえば、最近、昔の本ばかり読み直している。
本屋に行っても、幅を利かしているのはビジネス書や自己啓発本ばかりで、 じっくりとこの世のことを考えさせてくれるような刺激的な本は少なくなってしまった。自分でも、ついつい勢いのあるビジネス書に手を出して、 そこに書かれている仕事の効率を上げるためのノウハウには感心してしまうのだけれど、ふと考えてみると、そんなに仕事の効率をあげて、 いったい何の成果を残そうとしているのだろうと疑問に思ってしまう。
みんながみんな、等しなみに効率を追求し、株に投資してビルを建て、仕事を作り出すために働き続け…… そんな世界をサーフし続けていては、すぐに疲れてしまうだろう。
能が語る『淡い』の世界や、イーハトーブの自然の中で宮沢賢治が夢想した物語等々……物質的に豊かになるのではなく、 心を豊かにする『何か』が、今、決定的に欠けているのかもしれない。
コメント