28年前のちょうど今頃だった。
父と母と妹とぼくと、その日は珍しく四人で食事をした。海辺にあるちょっと洒落たレストラン。自分が食べたものは忘れてしまったが、 父の注文したものははっきり覚えている。
コンソメスープ……ただそれだけ。
重度の十二指腸潰瘍から幽門閉塞に至り、もう、流動食しか受けつけられなくなっていた。
父は、スプーンに軽く掬って、口に入れると、まるで高級ワインでも味わうように、口の中でスープを回し、にっこり笑って、 「美味しいなぁ……」と一言。
その一杯だけで、スプーンを置き、その後は、寂しそうに海を眺め続けていた。
それをまともな食事と呼べるのかどうかわからないが、それは紛れもなく父の最期の食事であり、家族との最期の会食だった。
べつに偽悪ぶっているというわけでもないが、普段は乱暴で方言丸出しの話し方をする父が、その日は言葉遣いも口調も丁寧で、 どこか気弱になっているように感じられた。
困難な手術を乗り切り、麻酔が切れたとき、父は「痛いよう、おなかが痛いよう……」と、やはり普段は使わない言葉を吐いて、 子供のように泣きじゃくっていた。
ぼくはまだ18だったが、そんな父がたまらなく愛しく思え、ベッドに寄り添って、父の手を握り、 汗にまみれた父の額を撫で続けていた。
それから2ヶ月あまりで、父はこの世を去った。
父の最期の食事のことなどすっかり忘れていたのに、どうしたわけか、ふいに思い出した。
そういえば、ぼくは、コンソメスープを飲むときに、無意識のうちに、父の最期の食事のときのように、口の中を転がして、 ゆっくり味わう癖がついてしまっている。
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