お盆も過ぎて、朝晩はすっかり過ごしやすくなった。
秋虫の鳴き声に冴え冴えとした満月の光、昼間の蝉時雨も頭の中まで浸透してくるようなミンミンゼミの喧しい響きから落ち着いた間断のある蜩の鳴き声に移って、気分もどことなく落ち着いたテンポに戻ってきた。
今晩は台風が関東をうかがい、怪しげな静けさを間に挟みながら雨風が次第に強くなってきているが、これも明日の朝には通り過ぎて、その後には一層秋の気配が濃厚になっているだろう。
この数年、 9月の半ばを過ぎても茹だるような暑さが続いて、長い夏にいささか辟易させられていたが、今年は、今になると猛暑が懐かしいほど。「正しい夏」が過ぎ去ってしまった寂しさを感じる……もしかしたら、何十年ぶりかにまともなお盆を過ごしたので、余計にそう感じるのかもしれないが。
お盆の帰省から戻った翌日、田舎の涼しさに比べて東京がひどく蒸し暑かったのと、田舎で歳の近い従兄弟たちとはしゃぎすぎて疲れていたこともあったのだろう、朝からぐったりしていた子供が、突然吐きはじめた。
吐いたせいで喉が渇いて麦茶や牛乳を飲むのだが、それをまたすぐにもどしてしまう。
脱水が進むといけないのでスポーツドリンクを飲ませようと考えたのだが、ふと、こんなときには祖母は塩水を飲ませてくれたなと思い出して、薄い塩水を作って飲ませてみた。
嫌がるかと思ったが、どうやら体が求めているようで、顔をしかめながらもゆっくりゆっくり一口ずつ飲んでいく。そして、コップに半分ほどの塩水を飲み干すと、見る間に血色が戻ってきて、すぐに元気になった。
たぶん、スポーツドリンクではこんなに劇的に効くことはなかっただろう……昔の人のやり方は、やはり理にかなっていると改めて思うと同時に、お盆に帰省して、亡くなった祖母や父たちがとても身近に感じられたお陰だなと、妙に納得してしまった。
先週末は友人に誘われて西伊豆へ行った。
新宿でアウトドアショップの店長をしていた安達さんが奥さんの実家の近くである西伊豆町の浮島という入り江の近くに住んでいる。
その漁師向けの古い住宅を改装したエスニックムード満点の離れに泊めてもらって、二日間、浮島の海水浴場から漕ぎ出して、リアス式の海岸を海から巡り、洞窟を抜け、人のいない海岸に上陸して寛いだ。
伊豆といえば、陸のほうは二輪のインプレッションやツーリングで馴染みのあるところだが、海に出たのは初めてだった。
どうしても東京から近い観光地のイメージがあって、渋滞と芋を洗うような海水浴場の混雑を思い浮かべてしまうが、海からの伊豆は別天地だった。
水もきれいで、色とりどりの魚を間近に見ることができる。
人家や人のいる海岸が見えないところを漕いでいると、どこか遠い外国の海を漂っているような気がする。
そういえば、バハカリフォルニアの海もすばらしいと聞いた。
ぼくは、何度もバハ二足を運んでいるが、カクタスが林立する乾いた砂漠しか知らない。ただ、陸から海を見て、その恐ろしいほどの青さには感激した。
伊豆の日本離れした風景の中を行きながら、今度はバハの海を漕いでみたいと思った。
海から上がり、蜩の鳴き声に包まれながらキンと冷えたビールで喉を潤していると、今年は正しい夏を過ごしたなぁ……と、なんだかとてもうれしくなった。
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