しばらく前から「培倶人」と「バックオフ」という雑誌で、アウトドアやライディングギアを解説する連載をしている。
ぼくは、気に入ったギアがあると、それをとことん使い尽くすというスタイルなので、身の回りにあるものは、ほとんどが何年も使いつづけてきて体の一部になったようなものばかりだが、最新のギアに触れて、試してみると、その技術の進歩には驚かされる。
振り返ってみると、ぼくが山登りをはじめた30年近く前から、アウトドアギアは驚くほどの進歩を遂げてきた。
まず、懐かしいというかこんなことを懐旧すると自分の歳を感じてしまうのが、ドームテントの登場だ。
それまでのウォールとグランドシートが別体の「家型」テントから、一体型のドームテントに変わり、テントの設営は圧倒的に早く手軽になり、行動時間を拡大してくれた。それから、エルゴノミックデザインを取り入れて担ぎやすく、パッキングもしやすくなったザック。コンパクトで強力になったストーブやランタン。アルミからチタンと進化してこれも信じられないくらい軽くなったコッヘル(クッカー)……。
そして、なんといっても個人的に人類が月に到達したくらい画期的に映ったのは、ゴアテックスが拓いた「防水透湿」という夢の機能の実現だった。
人一倍汗っかきのぼくは、それまでのゴム引きやハイパロンコーティングの雨具では、雨の中で行動しているうちに内側がビショビショになり、しまいには雨に濡れたほうが涼しくて快適とばかりに雨具を脱いでしまったものだった。
初めてゴアテックスの雨具を着て槍ヶ岳に挑んだとき、嵐の中を肩の小屋にようやく辿り着いて、冷え切った山小屋の土間でザックを下ろすと、雨具の肩から汗が蒸気となって立ち上った。それを見たとき、「ああ、これで雨が憂鬱じゃなくなる」と心から感動した。
近年では、LEDヘッドランプの登場がエポックメイクな出来事だ。
長時間の点灯が可能になりしかも明るさも格段に増し、コンパクトで球切れの心配もないLEDランプは、単にヘッドランプとしての用途以外に、テント内でのランタンの変わりや読書灯などとして、電池切れを気にせず使い続けることができる。
ストーブはマイクロサイズのガスストーブが登場し、ランタンもしかり。
クロージングでは、最近使い始めたファイントラックの製品に目を見張った。
これまで、アウトドアでのレイヤード(重ね着)は、基本的に「アンダー」、「インナー」、「アウター」という3レイヤードで考慮するのが当たり前になっていたが、ファイントラックは「ベースレイヤー」、「ミッドレイヤー」、「アウター」というコンセプトをベースにする。
ベースレイヤーは、3レイヤーシステムでいうアンダーウェアというだけでなく、アンダーウェアの下にさらにもっと肌の機能に近いレイヤーを付けるという意味を含んでいる。そのコンセプトを具体化したのが、「フラッドラッシュスキン」という製品だ。
これは、汗を吸い上げるウィックドライ性能を持つと同時に、表面は撥水加工されて、これの上に着用したアンダーやインナーの保水性が飽和状態に達したときに水か戻ってきて肌を冷やすいわゆる「濡れ戻し」を防いでいる。しかも、極薄のニット生地のためにぴったりしたアンダーウェアの下に着こんでも、ボリュームが出てしまうことがない。
ミッドレイヤーもベースレイヤーと同様の発想で、今まではインナーかアウターにはっきり区分けされてしまったようなものをどちらの性能も持たせることで、よりフレキシブルに活用できるようにしたものだ。
「ブリーズラップ」という製品がそのミッドレイヤーコンセプトを具現化したもので、これも薄く軽い生地にウレタンコーティングを施すことで防水透湿性能が持たされている。
この製品の画期的なところは、防水透湿性を持ちながら生地に伸縮性があることで、体にぴったりフィットしたサイズを着用することでバタつきなどがなくすっきり着られることと、ボリュームが出ないためにインナーとして着用したときに外側への影響が少ないことが上げられる。
動きが激しいために発汗が多く、さらに外気温が低い厳冬期のアウトドアでは、ファイントラックのレイヤードシステムはまさに理想的といえる。
今のぼくの定番は、まずフラッドラッシュスキンの上下を身に着け、その上からクロロファイバーのアンダーウェアを着る。さらにクロロファイバー製もしくはウールの厚手のシャツにブリーズラップを着る。
ボトムのほうはドライテック生地のパンツをそのまま履く。さらにトップスのアウターはゴアテックスのジャケットもしくはダウンジャケットといういでたちになる。
行動中はブリーズラップがそのままアウター代わりで、軽快に動くことができる。
このレイヤードシステムだと、今の時期に必須だったフリースのインナー(上下)が省略できて、ほとんどスリーシーズンと同じようなボリュームになるので、圧倒的に軽快だ。しかも、ウィックドライ性や保温性の点では、従来の3レイヤードシステムを越えている。
もちろん、これにフリースを加えることも可能で、そうすれば厳冬期の休息でも非常に暖かく過ごすことができる。
クロージングの分野では、ゴアテックスに代表される防水透湿素材の登場があまりにも衝撃的だったため、その後の革新はさほどインパクトが感じられなかったが、このファイントラックが切り開いた新しいレイヤードシステムは、ゴアテックス以来の衝撃的な革新といえる。
それから、もう一つありそうでなかったコロンブスの卵的な革新といえば、シュラフにストレッチ性を持たせて快適性と保温効果の両立を実現したモンベルのストレッチシュラフが上げられる。
シュラフは、インシュレーター(中綿)に高性能な化繊が登場したり、シェルに防水透湿素材が使われるということがあったが、基本的な機能は昔から対して変わることがなかった。
そのシュラフを大きく変革したのが、モンベルのスーパーストレッチだ。
マミータイプのシュラフは、シュラフ内部と外部の空気の交換による熱の消失を防ぐために体にぴったりフィットするフォルムになっている。このため、ジッパーをしっかりとクローズしてネック・フェイスコードを絞ってしまうと、文字通りマミー(ミイラ)となって身動きがままならなくなってしまった。
モンベルのスーパーストレッチシュラフは、生地を多めにとり、これをたくし込むようにステッチすることで大幅な伸縮性を持たせることに成功した。
シュラフに包まって、手足を思い切り伸ばしても、インシュレーターによって外気からは遮断されているので対流が起こらずにぬくぬくでいられる。
どちらかというとテクノロジーに偏重した素材革新ばかりが目についてきたこのところのアウトドアシーンの中では、固定化された感のあった「フォルム・構造」の部分でのこの革新は、視点を変えて見るということで、おおいに他への応用が期待できる。
先日、モンベルのショップにお邪魔した際に、試しにクロージングからキャンピンググッズまで最先端のものを揃えたとすると、どの程度のボリュームになるのかシミュレーションしてみた。すると、装備重量は、20年前の装備と比べると半分近くに収まってしまうことがわかった。
たとえば、1週間程度の縦走登山でフル装備となると、かつては70リットルクラスの大型ザックがパンパンになるほどの装備で、重さは50kg近くになった。それが最新の装備でアレンジすると、40リットルクラスのザックに収まり、重量は30kgそこそことなる。
軽く、高性能で、扱いやすい、この三拍子が揃えば行動半径は広がり、より困難なチャレンジが可能になるわけだ。なにより、心理的に身軽、気軽であれば、周囲の自然により深く関わろうという姿勢が生まれる。
長く使い込んで馴染みのある道具もいいけれど、そろそろ全体を見直して、刷新する潮時かなとも思っている。個々の装備についての詳細はOBT本編にも反映していくので、どうぞご期待を!
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