あれはちょうど30年前。今日と同じように、強い勢力の台風が本州上陸をうかがいながら北上していた。
ぼくは、急な連絡を受け、かろうじて動いていた常磐線経由の青森行き特急に飛び乗り、台風に追い立てられるように北へ向かった。
深夜、水戸に着き、病院へと急ぐと父は小康状態を保ったまま眠っていた。
三日連続で不眠不休の看病をしていた母に休むように言って、代わりにずっと父の傍らに腰掛け、やつれたその顔を見続けていた。
医師は、もう意識は戻らないだろうと言った。
夜が明けると、表は嵐となった。街路樹がへし折れるほどの強風と叩きつける雨に病室の窓が割れそうだったが、 ぼくの耳には何の音も聞こえなかった。自分を取り巻くあらゆることが、無声映画の世界のように、現実感を持たないままに動いていた。
「どうして、おまえがここにいる……」
ふいに、映画の中から声が響いた。
「おれは大丈夫だから、今すぐ東京へ帰れ」
どんよりとした瞳をこちらに向けた父の言葉だった。
父は、ぼくのほうに手を伸ばそうとして……そのままこと切れた。
父が息を引き取ると同時に、嵐はぴたりと止み、日が差し込んだ。
世界は再び色彩と音を取り戻し、父が死んだという現実が胸に突き刺さった。
10月の嵐は、あの日を思い出させる。
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