未明、ひどい頭痛と発汗で眠りから醒め、千鳥足で台所まで行って、解熱剤を飲んだ。 そのまま汗でビショビショのキャンバスベッドに横たわり、これも寝汗に濡れたタオルケットにくるまって、体を丸めて頭痛が去るのを待った。 そのうちに眠ってしまったようだ。
気がついたときには、表は明るくなり、頭痛もかなり治まっていた。
ヨロヨロと起きあがり、びしょ濡れのTシャツを洗濯機に放り込んで、洗面台の前に立つと、鏡に映ったぼくは、 左半身だけ鬱血して茶色い肌をしていて、顔面は小岩さんの左反面が鬱血したうえに浮腫んでいた。そして、左半身だけに、ビッショリと汗が…… 。
ひどい頭痛で、左半身に症状が現れるということは……右脳の出血? などと一瞬ゾッとしたが、痺れや麻痺ならそんな恐れもあるが、 鬱血したり半身だけ汗をかいたりなどということがあるのだろうか?
そのうち、鬱血も引き、頭痛も消えた。
しかし、どうも体調はすぐれず、今日予定していた出張を中止して、デスクワークに切り替えることに。
すごい吹き降りだった雨も昼過ぎには止んで、薄日が射してくると、ようやく体も気分もすっきりしてきた。
そして、今朝のあの頭痛と鬱血は何だったんだろうと振り返って、不意に、その前に見ていた夢を思い出した……いや、あれは、 夢だったのか?
夜中、足下に風を感じて目が覚めた。といっても完全に覚めたわけではなく、体が起きるのに先行して、意識だけが、 ややはっきりしたといった状態。これは、経験者ならわかると思うが、金縛りに遭う直前の状態だ。
ぼくも金縛りを何度も経験しているので、咄嗟に「来たな」と思った。
いつもならなんとかそれを避けようとして、体に力を入れようと身構え、それが逆に金縛りの呼び水になってしまう。だが、 そのときは妙に冷静で、得体のしれないものへの怖さもまったく感じず、「おいで」というか「来てみな」といった余裕があった。
力を抜いたままのぼくは、次第に意識がはっきりしてきて、自分は完全に目が覚めたと自覚できた。そして、足下に「風」 として感じたモノが、何か意識持ったモノで、それがぼくの上半身の方へ、頭のほうへと回り込んでくるのがわかった。
枕元にそいつが立つまでじっと待ち、ちょうどその頃合いを見計らって、寝返りを打つ。するとそいつは、 ぼくのそんな行動を予期していなかったように固まる……ぼんやりした光の塊で、目立つ動きはないのだが、『気配』 として怯む感じが伝わってきた……ぼくは自分で意識しないうちに、そいつに指を向け、静かに九字を切る。そして、呪を唱えながら印を結ぶ。
すると、そいつは、ぼくが印を向けた部分を中心に、渦を巻いて闇の中に静かに吸い込まれていった。
それでホッとしたのもつかの間、また足下に風を感じて……今度は、今、調伏したものとは違う気配のモノがススッと枕元に漂ってきて… …それをまた九字と印で退散・調伏させ、それでホッとしたのもつかの間、また足下に風を感じて……。
しばらくそんなことを続けるうちに、恐ろしくもなんともないのだが、疲れてきてしまい、どうしたらいいだろうかと退散・ 調伏を繰り返しながら、考えているうちに、「そうか、冥土に送ってあげなければいけないんだな」と気づいて、今度は、 枕元に来た奴に向かって、「南無阿弥陀仏」と唱えて、簡単に掌を立て、見送ってやることにした。
それでも、その後も、続々とやってきて、これじゃ朝まで南無阿弥陀仏と唱えていなければならない……なんて思っているうちに、 再び眠りに落ちていた。
それで、ふいに左半身鬱血の原因に思い至った。
九字を切るのも、印を結ぶのも、そして掌も、起き上がるのが面倒なので、左半身を下にして横たわったまま、 右手だけで行っていたのだ。同じ姿勢で右側ばかり動かしていたので、左に鬱血してしまったのだろう……本当か?
それも、唐突に夢を思い出したように、ただそんなふうに直感しただけのことなのだが。
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