「ここに、鳥居がありましたよね」
「ええ、311のときに倒壊しました。ここにいらしたことがあるんですか?」
「いえ、初めて来ました」
「どうして鳥居があった位置がわかるんですか?」
「この位置からだと、先の山あいに冬至の太陽が沈みますから、それを意識していただろうと思ったんですよ」
上の写真は、福島県いわき市の内郷山神社跡からの南西方向の展望だが、この場所での冬至の日の入りの方位角は242°(水平線基準)になる。日没方向に山の端があるので、この分の仰角を補正すると240°ちょうど。アプリの方位角表示とぴったり一致する。
右の山影はいわき第一の聖山である湯ノ岳で、左の山影は同じく聖山の一つ高倉山。二つの聖山の稜線が重なる鞍部を指しているのがわかる。下の左図は冬至の日の入り方向を地図にレイヤーさせたものだが、ここで興味深いのは、古い街道がこの冬至ラインに沿っていて、上入山、中入山、下入山という太陽が山の端に沈んでいく方向を示すような地名が続いていることだ。これらのことから、内郷山神社の立地する場所は太陽信仰もしくは陰陽道的な意味を持つロケーションによって「聖地」とされたことが推測できる。
そもそも内郷山神社は常磐炭田の守り神として常磐炭礦(後に常磐興産)が設けた神社で、今でも地鎮の相撲奉納を行った相撲場などが残されている。昔から鉱山開発では地鎮の呪(まじな)いなどが行われ、結界を張るように山神社などの聖地が配置された。その名残りがこのように今でも確認できるのだ。
21世紀に入ってGPSの精度が高まり、スマホによって正確な位置情報や様々なセンサーが利用できるようになって、このように聖地に込められた意味がすぐにビジュアルで確かめられるようになった。つい先日、日本でも「ポケモンGO」がローンチされたが、バックグラウンドで動いているGPSやセンサーなどのシステムはまったく同じだ。
2001年にGPSの民生利用が解禁され、直後に「ジオキャッシング」と呼ばれる民生用ハンディGPSを使った宝探しゲームが始まった。その後、しばらくたってからGOOGLEの位置情報アプリとして「Ingress=イングレス」が登場してブームとなり、IngressチームはGOOGLEからスピンアウトしてナイアンティック社(Niantic, Inc.)が設立された。そして、ナイアンティックと任天堂がタッグを組んでリリースしたのが「ポケモンGO」だ。
初期のジオキャッシングから位置情報アクティビティに親しみ、今はそれで聖地探索を行う身としては、いまさらポケモンGOに手を出そうとは思わないが、誰でも手軽に楽しめるゲームという形で位置情報を活用するこの取り組みの将来には大いに期待している。
イングレスではユーザが積極的に動くことで、世界中の詳細な物件位置データがGOOGLEに集積された。そんなデータを積極的に利用してスタートしたポケモンGOは、さらにイングレスでは開拓できなかったずっと広いユーザー層を取り込んで、それこそ幾何級数的に位置データやユーザの移動データを収集している。
かつて、「地図作り」というのはとてもたいへんな作業だった。地図会社は地図調査員を雇い、調査員たちは白地図を持って街を歩き、道路や建物を確認し、公共施設から民家まで一軒一軒の名称を記録していった。さらに集められたデータを手作業で清書して、ようやく地図が出来上がっていった。地図は経年変化が早いからメンテナンス作業も大変だ。そんなわけで地図を製作するには莫大なコストがかかっていた。
GOOGLEは、そんな旧来の地図製作のプロセスを一変させた。
全方位カメラと精密な位置情報を受信できるDGPS(ディファレンシャルGPS)を装備したGOOGLEカーを走らせることで、オートマチックに地図情報を収集し、さらに今度はユーザーが遊んでいるうちに詳細な地図情報がGOOGLEに集積されるシステムを作り出したというわけだ。フリーのゲームであるイングレスでは本来なら莫大なコストがかかる人件費がゼロになり、さらにポケモンGOではゲーム内課金によって、ゲーム自体が莫大な利益を生み出しながら、収益を生み出すデータがどんどん蓄積されていく。おそろしく洗練された戦略だ。
そんなGOOGLEが整備してくれる位置情報・地図情報のおかげで、アカデミックな用途に利用したいぼくのような人間も恩恵に預かれるというわけだ。
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