九州水俣の貧しい寒村。若い時から夫婦で小さな漁を営んできた老夫婦とその一人息子、そしてこの息子の元を逃げ出した嫁が残していった三人の孫の一家があった。
村一番の「模範青年」で、誰よりも働き者だった一人息子は、四肢が萎えて動けなくなり、老夫婦も孫たち三人もそれぞれに有機水銀中毒を患い、とくに孫の一人杢太郎少年は胎児性水俣病で目も見えず四肢も不自由で、下の始末も自分ではできない。なんとか動ける老夫婦が、穢された海へ毎日漁に出かけて、なんとか生活を支えている。
一人息子は重症でありながら、一軒の家から何人も奇病が出ては、お上からいただく生活保護のことでもいちだんと肩身が狭いと、病院にも行かず、ただひっそりと死を待っている。
老母は、嫁入りの時に貧しい実家が唯一持たせてくれた「九竜権現様」を大切に神棚に祀っている。竜の鱗と言われ老母の実家に長く伝わってきた「九竜権現様」は、運気の神様で、とくにひきつけにはよく効くのだという。
ところが、水俣病には、まったく効き目がなかった。
それを老母は、「なんのなおろうかいなあ。水俣病じゃもね。こういう病気じゃもね。いくら神さんでも知っとりなるもんけ。知っとりなさるはずはなか。世界ではじめての病気ちゅうもんね。昔の神さんじゃもね。昔は、ありえん病気だったじゃもね…」と、決して神を恨むこともしない。
水俣病という苦界に沈みながら、浄土に生きるような優しい人々…。
『苦海浄土』に登場する被害者たちはみんな、恵みをもたらしてくれた水俣の海に感謝し、その海を愛し、海と共に生き続けることをまったく疑いもしなかった。
水俣の海を穢した企業の恩恵を何も受けたことはなく、ただ一方的で破滅的な被害を受け、さらには棄民された彼らの物語は、そのまま今の福島の状況にだぶって見える。
福島に生れ、福島で育った人はもちろん、福島の自然に惹かれ、福島に骨を埋めるつもりで移住した人たちにとっても、福島という「土地」はもう自分の身体の一部であったはずだ。その身体を無理やり削り取られた気持ちは計り知れない。
水俣の漁民が、汚染されているとはわかっていても、それ以外に生きる糧がない魚を取って食べ、水俣という土地を捨てることができなかったように、そう簡単に根を生やした土地から離れることはできない。
そもそも、人間が土地から切り離されてしまったことが、土地から様々なものを収奪し、穢しても呵責を覚えない心を産んでしまったのではないだろうか。そんな心は、土地に根付いた人たちが土地から切り離される痛みや苦しみも理解出来ないだろう。
まずは、誰もが、自分の根付くべき土地を見つけること、そしてその土地に愛着を持ち、子孫へと手渡していかなければ、日本全土が『浄土なき苦海』となってしまうだろう。
今朝のNHKのニュースの中で 今30~40代の人が水俣病の症状を訴えている・・・とか。出勤前の慌ただしい時間でちょっと耳に入ってきただけで見ることはできなかったけれど 終わってないんですね。原発の問題も 水俣病のように 何十年も背負わなければならないんでしょうか?
投稿情報: ぬかたのおおきみ | 2012/05/01 21:12
こちらこそ、よろしく!
補償がしたくないために、「安全」を主張するというのは、公害の典型的なパターン。今回の原子力災害も、構図はまったく同じですね。
だけど、「放射能」は除染もできず、汚染は永遠に続いていきます…。
投稿情報: uchida | 2012/03/21 08:30
これからもよろしく!(特にお薦めな本をね。)
学校での映画会・・・メインの映画の前には川崎の公害や水俣病に関する記録映画みたいなのを見せられたものです。次男が川崎で公務員をしていますが、今どんどん人口が増えているとか・・・。背景は違うけど、東北にもそんな日が早くきますように。・・・・・・・・・・・〔どんくさい私〕を憶えていてくれてありがとう。
投稿情報: ぬかたのおおきみ | 2012/03/18 07:20
おおばさん! お久しぶりです(って、いまさらですが=笑)。
最近、NHKが時代の転機とそれを象徴する人に焦点を当てた番組をたくさん制作していますが、その中で、石牟礼さんも取り上げられていました。
『苦海浄土』はもちろん、多田富雄さん(私がこころの底から大好きな人です=惜しくも亡くなられてしまいましたが)との往復書簡集『言霊』もお勧めです。
投稿情報: uchida | 2012/03/17 23:17
本は好きです・・「読書」も「本の存在」も・・・でもこれは読んでないので さっそく・・・・。自己紹介遅れました・・3年5組2番は 《おおば》です。『おおば』は学年に2人いましたが 〔文科系のどんくさい〕ほうです。
投稿情報: ぬかたのおおきみ | 2012/03/17 09:25