昨年の「ツーリングマップル中部北陸」の表紙撮影は、ビーナスラインと白馬という中部を代表する山岳地で行った。ビーナスラインは晴れ渡った空に遠く南アルプスの山並みを望む雄大な風景を通常版に使い、白馬では朝焼けに染まる白馬三山をバックに走る姿がR版の表紙を飾った。
昨年の取材は、酷暑のせいでフラフラになりながらも、表紙撮影としてはこの10年でいちばん成功したものだった。
そして、今年もまた中部を代表する山岳風景をテーマにしようと、御岳から乗鞍を巡ることにした。
出発日の8月3日は関東も肌寒いほどの朝で、どんよりと曇っていたが、山梨に入ると青空が見えて、西へ進むにつれて天気が良くなっていった。
御岳や乗鞍、さらには富山あたりへ出るときのルートはいつも決まっている。中央道を諏訪ICで降り、諏訪大社前宮で旅の安全を祈願しつつ、その前を流れる名水で水筒を満たす。そして、R152を西へと辿り、杖突峠を越えて高遠へ、さらにR361から伊那、木曽へと抜けていく。
中央道を伊那まで一気に走ってしまえば簡単なのだが、それではどうも味気ない。R152沿いの里山の風景や高遠の街並み、そして開けた伊那谷風景と巡っていくことで、旅に出たという実感が湧いていくのが、このルートのいいところだ。
伊那から木曽への道はかつては権平峠を越えるつづら折れの狭路で、オートバイでもだいぶ時間がかかり、峠越えだけで疲労困憊してしまったが、今はトンネルが繋いで30分ほどで伊那と木曽の2つの谷が結ばれている。このトンネルができたことも、このルートを辿る動機の一つだ。
時間があれば木曽でもゆっくりしたいところだが、今回は撮影になるべく時間をかけたいので、一気に通りぬけ、開田高原から御岳へと入った。
御岳山は古くから開けた信仰の山で、登拝のルートがいくつも整備されている。その中でツーリングコースとして面白いのは王滝口から田の原に登るワインディングだ。麓の王滝から標高2000mを越える田の原まで、1000mあまりの標高差を一気に駆け上がる。途中、スキー場の中をうねるように行くワインディングが、今回の第一の撮影ポイント。しかし、時折晴れ間は見えるものの、麓には雲がかかって展望がきかなかった。
せっかくここまで来たのだからと、田ノ原まで登り、登山道を礼拝所まで歩く。ここの気温は10℃を少し出た程度で、時々去来するガスに洗われると、体感はもっと低く感じられる。幾人もの下山者とすれ違い、時折ガスが晴れると頂上付近の赤茶けた火山灰の登山路を降りてくる豆粒のような登山者が目に入る。それでも、御岳はその頂をなかなか見せてくれない。
また翌日訪れることにして、いったん木曽福島まで戻る。と、ここでこの夏初めてのゲリラ豪雨の洗礼を受けてしまった。やはり、今年もこいつは許してくれないらしい。
東京に戻る編集氏を駅に残し、カメラマンと二人で今日の宿、乗鞍の「ペンションありす」へと向かう。
隣の奈良井宿では馬の背を分けたように雨があがり、道にも降雨の跡がまったくない。給油に寄ったGSで聞くと、木曽谷の中でも木曽福島のあたりだけが異常に降雨確率が高いのだという。そんな話から、ふと「ホットスポット」という言葉が浮かぶ。
以前、熊野を旅していた時も、無数に重なる果無山脈の谷筋の特定の場所だけ降雨が極端に多い場所があるという話を聞いた。
降雨だけのホットスポットならまだいいが(地すべりなどを考えたらいいともいえないけれど)、放射性物質のホットスポットはいただけない。案外、阿武隈の山の中で吹き溜まりになっているような場所を地元の人はよく知っているのかもしれない……いや、木曽や熊野のように昔から人が暮らしていた場所ではなく、入植地が多いから、そういた古の知恵といったものはないのかもしれない。
異常気象や温暖化に加えて、放射能という得体の知れない恐怖に取りまかれてしまった現在、ぼくが若い頃に体験した爽やかな夏のツーリングを今の若い人達は、同じような気持ちで体験できなくなってしまったことが残念でならない。
一個の山ヤとして、そしてライダーとして、どうすれば自分が若い頃に体験した何の屈託もない爽やかな山行やツーリングを後代の人たちに体験してもらえるような環境を取り戻せるのだろう……。
そんなことを考えているうちに乗鞍に到着した。
乗鞍は、かつては日本でもっとも高い場所を通る乗鞍スカイラインからの眺望が素晴らしく、何度も今回のような撮影に使ったが、今は一般車両は通行止めとなって、ヨーロッパアルプスにもひけをとらないあの雄大で高度感のある景色は使えない。
代わりに、ペンションありすの奥さんに聞いたスポットを巡ったが、晴れれば乗鞍の勇姿が背景に聳える構図なのに、もう一歩のところで尊顔を拝ませてはくれなかった。
3000mクラスの中部山岳は、異常気象をいいわけにしなくても、滅多にその全容を見せてはくれない。とくに雲が立ちやすい夏場は、夜明け後の少しの間だけが勝負ともいえる。できれば、またチャレンジして、なんとか御岳と乗鞍を来年の表紙に登場させてみたい。
写真のほうは今一歩残念だったが、最高気温が20℃そこそこのヒンヤリとした空気を裂いて走るのは最高に気持よかった。
もっとも、三日間の涼しいツーリングの後に、酷暑の中でのツリーイングイベントが待っていたのには参ってしまったが……。
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