可愛らしい本を作者の寮美千子さんから戴いた。
毎日新聞大阪支局で子供向けに連載された物語をまとめたもの。
710年に飛鳥から平城京へ遷都された際に、蘇我氏の菩提寺であった法興寺を移して元興寺とした。その元興寺の周辺が「ならまち」 と呼ばれ、江戸時代からの町屋が並ぶ落ち着いた佇まいを見せている。
そのならまちに住む漆職人の老夫婦の孫である『小さな陰陽師』杏(からもも)太郎が主人公。
今年建都1300年を迎えた奈良は、せんとくんというオフィシャルキャラクターが物議をかもしたが、 この物語に登場するまんとくんは、オフィシャルなプロモーションからは独立して、地元の人達が土地への愛着を形にしたキャラクターだ。
自分では陰陽師の末裔であることを知らない少年が、まんとくんの導きによって、危機に晒されたならまちへやってきて、悪魔と戦う。
今では「古都」である奈良も、創建された1300年前は「新都」であり、古いものと新しいものとのせめぎ合いがあった。 飛鳥を本拠とした蘇我氏が藤原氏との権力闘争に破れた乙巳の変(大化改新)の後、蘇我氏は「鬼」とされた。 その菩提寺である元興寺は鬼の住む寺とされながら、飛鳥への郷愁を胸に抱いた人たちはこの元興寺の周辺に住み、 それが今のならまちとなっていく。
子供向けの優しい文体の文章ながらも、そうしたならまちの秘められた歴史もとても自然に描かれている。
「……太郎は、歴史ってなんだかすごいな、と思いました。古い本のように、めくるほどに、いろんなことが出てきて、 それでいて虫食いなので、ほんとうのことはよくわかりません。町はその、一冊の大きな本のようです……」
教科書に書かれた歴史ではなく、その「場所」に息づく歴史、それが街やそこに暮らす人達の人情を形作っている。 奈良という街に魅かれて、その街の一部になろうと決心して移り住んだ寮さんの想いが一言一言に滲んでいる。
ぼくも、ちょうど同じタイミングで「レイラインハンター」という本を上梓したけれど、これで伝えたかったのも、 土地に秘められた人々の様々な想いや、それも含めた土地が持つ固有の魂=地霊のようなものだった。
土地を自分たちの都合のいいように改変してしまうのではなく、土地に息づく地霊を尊重し、自分がそれに合せて共生していくことで、 土地と人との本当の調和がとれる。単純に古い物事が良くて新しい物事が良くないというわけではなく、 新しいことでも地霊と調和が取れていればそのほうがいい。
土地という言葉を「自然」に置き換えてもいい。
何年何月に何があったなどということは、ここでは何も語られていない。だけど、ならまちに秘められた歴史・地霊は、 だれでもはっきりと感じ取ることができる。
子どもたちが読めば、「歴史」というものが教科書に記された年号の羅列ではなくて、 土地に刻まれて息づくものだと実感できるだろうし、大人が読めばこの本を入り口にして、 元興寺の鬼に秘められた物語や陰陽師について調べてみたくなるはずだ。
遷都1300年を機に、奈良を訪れようと思っている人も多いと思う。奈良を訪ねるなら、この『ならまち大冒険』を一読してから行くことをお薦めしたい。ガイドブックなどでは感じられない、秘められた歴史の息吹をしっかり感じられるはずだ。
ところで、話は変わるが、寮さんとは、とても不思議な縁を感じている。
『ならまち大冒険』と同じタイミングで出版した『レイラインハンター』は、出版直前まで『レイラインハンティング』 というタイトルになるはずだった。ぼくは、当初『レイラインハンター』を推していたのだが、 WEBサイトと同じタイトルのほうが認知度が高いという編集部の意見を取り入れて『レイラインハンティング』で行くことになっていた。
ところが、サブタイトルのほうがなかなか決まらず、いくつかの候補をTwitterで呟いたところ、寮さんが「タイトルは、 絶対レイラインハンターのほうがいい」と,思わぬリアクションをしてくれた。
それで、やはり自分の直感は正しいと信じて、タイトルが『レイラインハンター』に落ち着いた。つまり、 こっちの本も寮さんがある意味、生みの親であるというわけだ。
『レイラインハンター』は、15年あまりに渡って、ぼくが気になる地霊の息づく土地を訪ねた記録だが、 どの土地へもまるで導かれるように、人を介して訪ねている。
どこかある場所が気になり、そこのことを調べ、思い描いているうちに、その土地の人から誘いを受ける。そして、出かけることになる。 それをぼくは、「土地に呼ばれる」と表現しているのだが、まさにそんなタイミングで奈良に住む寮さんと知りあうことになった。
奈良は昔からじっくり調べてみたい場所だったが、今年は開都1300年で、様々なイベントが行われている。 普段は目にすることができない仏像なども開帳されていて、訪ねるタイミングとしては絶好だ。3月初めに若狭のお水送りに参加して、 その聖水がたどり着く奈良への思いも強くなっていた。それで、このところ、奈良に関する資料をいろいろと当たっている矢先だった。
そんなことがあり、「次は、奈良に呼ばれているんだな」と確信した次第。
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