東京の郊外、町田にある武相荘を訪ねてきました。
ここは、「かくれ里」や「西行」などの著作で、日本文化の深層を繊細な筆致で描き、また衣、食、住、 芸術などに独自のこだわりを持って実践した白洲正子と、その夫で、戦後吉田茂首相のブレーンとして活躍した白洲次郎が古い農家を買って、 コツコツと自分たちのライフスタイルに合った住まいに仕上げていったところです。
最近吹き替えられたばかりの茅を載せた母屋と、納屋や離れ、 ガレージが小さな丘を背負って配され、 そこが都心近郊のベッドタウンであることをすっかり忘れさせてしまいます。
ちょうど春の花と新緑に包まれ、風にサワサワと揺れる竹藪の足元を眺めると、あちこちからタケノコが頭をもたげています。
今は展示館として開放されている母屋に入ると、ほのかに暖かいタイル敷きのの土間にはどっしりとした革張りのソファーが置かれ、 心地よい風と仄かな新緑の香りが吹き込んできます。
住まいというものを格別意識することなく、 長年の海外経験や日本探訪などで身についてきたモノやコトを自然に配し、 自分たちの身を置きやすいように細部を整えていったら、 結果的にそうなったといった、さりげないこだわりの生活感といったものが、 白洲家をそのまま物語っているようです。
昭和18年に、日本の敗戦とその後の混乱を予想して、 当時は寒村だったこの町田市鶴川の地に38歳で隠居を決め込んだ白洲次郎とちょうど30歳の正子。
結果的に60年間あまり、終の住処となったこの場所は、人に流されず、独自のライフスタイルを貫き通しながら、 でも日本の文化や政治の行く末を見守り続けた白洲夫妻。今、 白洲次郎のダンディズムと白洲正子の日本の自然と文化に対する思い入れが静かな共感を呼んでいます。
二人が残した著作を読むだけでなく、白洲夫妻の「小宇宙」 ともいえる武相荘を訪れてみると、 彼らが伝えようとしたメッセージが、静かに五体と心に染みこんでくるようです。
四季折々に表情を変える庭は、季節の変わりに合わせて、何度も訪ねてみたい気にさせます。そして、 微妙な季節の移ろいを感じながら生活できることの豊かさが、今の世の中にはもっとも必要なものではないかと感じさせられました。
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