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レイラインハンター内田一成の「聖地学講座」
vol.230
2022年1月20日号
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◆今回の内容
○七福神と神仏大習合=大集合
・七福神て何だ?
・様々な神仏習合とそのことの意義
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七福神と神仏大習合=大集合
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前回は、新年の風習が稲作を中心とした文化を反映した「田の行事」であり、それが能登に伝わる「アエノコト」に色濃く残っていることに触れました。これは一見、極めて日本的文化といえそうですが、その始原は稲作文化が日本に入ってきてからのことであり、それ以前、おおむね2世紀以前の山岳祖霊信仰と稲作文化が合体したことによって生まれた儀礼といえます。
日本には純粋な神道も純粋な仏教もなく、それらが複雑に習合した「神仏習合」という宗教形態が長い間ノーマルであって、それが今でも色濃く残っていることは、日本の宗教を研究している人にとっては常識です。さらに、そこには道教や儒教、ゾロアスター教やもともとあった各地の土俗信仰も混じり合って、まさに「八百万の神」としか表現しようのないものとなっています。
年末から年始にかけては、クリスマスケーキを食べてプレゼント交換をして、除夜の鐘をお寺でついて、神社に初詣に行く、そして七草粥を食べたら近場の七福神を巡る。そうしたことがすっかり年中行事化しています。
冠婚葬祭を見ても、結婚式が教会か神社で、お葬式はお寺。外国の人に、「信仰している宗教は何か」と訊かれると困ってしまいます。明治時代初期に、新渡戸稲造がベルギーの神父から「日本人は何を信仰して道徳を養っているのか」と訊かれ、答えに窮して、「それは武士道だ」と答えたなどといった逸話もあります。
文化庁の統計では、日本の宗教人口は、神道系と仏教系とキリスト教系、そのほかの諸宗教を合わせると合計で2億人近くになります。これは、「自分は神社にもお寺にもお参りに行くから、神道と仏教を信じているといえばいえる」といった意識で回答した人が多かった結果ですが、その信仰にしても大多数の人が「信仰」と呼べるほど熱心なものではなく、生活習慣や年中行事といった感覚です。
江戸時代の檀家制度導入によって、「家」単位で近くの寺院の檀家とされた関係で、「家」としてはその寺院の宗派が信仰する宗教といえなくもありませんでしたが、それも大家族がほとんど解体してしまった現代では実感の薄いものとなってしまいました。
私の実家が檀家となっている寺は天台宗ですが、その住職は日本人とフィリピン人の混血で、キリスト教から改宗した若いお坊さんです。先代の住職がフィリピンの人と結婚し、その後離婚して奥さんと子供はハワイに移住していました。10年ほど前、先代が急死して、息子が寺を継ぐことになって帰国し、駒沢大学に入学しました。しばらく他の寺の管理下にあった後、彼が住職となったのです。
彼は母国語が英語なので、法話はまだたどたどしい日本語で、しばしば檀家側が発音や意味を教えてあげたりするのですが、それを素直に聞く様子が微笑ましく、読経は独特のリズム感があってどことなくゴスペル混じりに聞こえたりして、なんだか現代的なハイブリッド宗教の信者になったような気分になります。
私は、各地で聖地のガイドをすることが多いのですが、そんなときに、「ここはお寺なのにどうしてお稲荷さんが祀ってあるのですか?」とか「ここは神社なのに、なんだか雰囲気がお寺のようなのはどうしてですか?」とよく質問されます。それに対して、「神社とお寺が明確に分けられたのは明治以降で、それまでは奈良時代から千年以上、神社もお寺もごちゃまぜだったんですよ」と答えるのですが、みんな腑に落ちない顔をします。
白黒をはっきりさせるとか、明確に物事を分類するといった感覚は、これも明治に西洋文化が導入されて以降のことで、それまでは「融通無碍」「換骨奪胎」といったあらゆるものを柔軟に融合させてしまうのが日本文化の特徴でした。
とくに、奇想天外な神仏大集合である七福神信仰は、そんな日本人の心性が端的に現れたものともいえます。新春に七福神巡りをした人も多いと思いますが、説明が難しい神仏習合を紐解くひとつの手がかりとして、七福神信仰をテーマに取り上げてみたいと思います。
●七福神て何だ?●
七福神とは、大黒天(だいこくてん)、毘沙門天(びしゃもんてん)、恵比寿天(えびすてん)、寿老人(じゅろうじん)、福禄寿(ふくろくじゅ)、弁財天(べんざいてん)、布袋尊(ほていそん)の七神を指します。この七神を祀る寺社を巡ることで、「七難即滅、七福即生」のご利益があるといわれています。
じつは、この七神のうち、日本の神は恵比寿天だけなのです。他の神はすべて外来です。毘沙門天は仏教の天部に属する仏神、大黒天と弁財天はインド由来、福禄寿や寿老人は道教、布袋尊は仏教と道経思想の両方に由来します。そして、恵比寿天にしてもその出自は日本の一柱の神ですが、いったん捨てられて戻ってきた神であり、そうした点から見ると七福神はすべて外来の神であり海からやってきた神といえます。
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