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レイラインハンター内田一成の「聖地学講座」
vol.126
2017年9月21日号
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◆今回の内容
◯夢と聖地 その2
・常世話と夢
・願望成就の予兆としての夢
・夢買い
◯お知らせ
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夢と聖地 その2
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この8日は、原宿のMIZUcafeのB2にあるスタジオで、久しぶりのトークライブを開催しました。30人あまりの方にお越しいただき、その後の懇親会も盛り上がって、とても楽しい週末になりました。
トークライブのテーマは「水と聖地・水の聖地」でしたが、前回のこの講座でご紹介した長谷寺のように、水と関わりがある聖地は夢見や託宣の聖地でもあるケースが多々あります。
長谷寺以外の観音霊場でも、僧や修行者の夢に観音が現れて、自らをその場に祀れと告げたという由来を持つところがかなりあります。
以前に紹介したルルドの泉も、14歳の少女ベルナデッドが村外れの洞窟で聖母マリアの出現を見るわけですが、これもいわば夢見心地の状態=白昼夢と考えられますから、夢に関わる聖地とみなせます。
観音や聖母マリアの夢を見た場所が自宅の寝床の中だったら、いくら観音やマリアのお告げがあったと主張しても、他人が信仰するような場所にはなりません。単なる個人的な夢ですね。自らが超自然的な夢を体験して、それが他人をも惹きつけるのは、やはり「場所」が備えた特性も重要だということです。
洞窟や狭い渓谷の奥などが「夢見」の場所とされるのは、そうしたところが黄泉の国への入り口をごく自然に連想させるからでしょう。
太古、人間がまだ洞窟生活を送っていた頃、人は、昼間の狩りの様子を壁画として描きました。焚き火の炎に揺れるその絵は、ホログラムのようなリアルな光景として見えていたでしょう。また、狩りの良し悪しや、狩猟中の不慮の事故などを記録として描いていくうちに、日常生活の背後に超自然的な働きがあることを意識するようになり、それを動物霊や死神などとして表現したのでしょう。そんな、うごめくイメージが満ちる洞窟に暮らしていれば、そこが超自然の世界=あの世への入り口として意識されるようになるのも当然です。
人類は、その歴史の大部分、何万年にもわたってそんな生活をしてきたわけですから、俄に文明化された私たちの潜在意識の中にも、太古の記憶はまだはっきりと息づいているでしょう。
日本の古墳などでも玄室の内部などに壁画が描かれています。それを博物館の照明の元で見ると、なにやら子供の落書きのように稚拙な絵にしか見えませんが、仄かな蝋燭のような灯りで見ると、それは写実的な絵などよりもはるかにリアルな動きをともなって見えます。
はじめてそんな光景を見たとき、私はゲーム制作の現場で見たワイヤーフレームの動きにそっくりだと思いました。格闘ゲームを制作していた現場では、中国から拳法の達人を呼んできて、体の関節にピンポン玉を付けて、実際に拳法の動きをしてもらって撮影しました。そのピンポン玉どうしを繋ぐと、線画の人間の姿が浮かび上がります。そのワイヤーフレームに肉盛りしていくことで、リアルな動きのキャラクターを作るわけですが、ときに、シンプルなワイヤーフレームの動きのほうがダイナミックでリアルに感じられました。
古墳の玄室に線画を描いた人間は、きっと人間の動きのコアの部分をよく観察していて、それが灯火の明かりの中でリアルに見えることを意識していたのだろうと思います。
玄室の壁に描かれた絵は、そこに葬られた死者が見る夢であったともいえるでしょう。魂の不滅や復活を信じていた古代人は、死者が復活までの長い眠りの中で、この世のこと、生きていた自分のことを忘れないようにホログラムの記憶を残していたのでしょう。
前置きが長くなりましたが、今回は、前回に引き続いて、夢について探求してみたいと思います。タイトルは「夢と聖地 その2」としましたが、具体的な聖地を紹介するというよりも、夢と神話の関係や、古代の人たちが夢をどのようにとらえていたかを掘り下げてみたいと思います。
【常世話と夢】
浦島太郎の話は誰でも知っている伝説ですが、これも原型の物語は夢に関係しています。たとえば、『丹後国風土記』逸文では、浜辺で子どもたちにいじめられている亀を浦島太郎が救うところまでは同じですが、その後、自分の舟に亀を乗せて沖に出て、うたたねをしてしまいます。目を覚ますと、助けた亀は美女に変身していました。そして、その亀が変じた美女に目をつぶって眠れと促され、眠りに落ちて、気がついてみると竜宮にいたということになっています。
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