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レイラインハンター内田一成の「聖地学講座」
vol.99
2016年8月4日号
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◆今回の内容
◯本覚思想と内なる聖地
・本覚思想
・比叡山から発した鎌倉仏教
・内なる聖地へのアプローチ
◯お知らせ
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本覚思想と内なる聖地
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前回はコンピュータサイエンスの幾何級数的な発展によって、神秘主義で言うアーカシックレコードが現実のものになるのではないかという話から、空海の「真言思想」がアーカシックレコードと同様の世界観を包含するより壮大な世界観をはるかに先んじて確立していたという話を書きました。
空海がイメージした荘厳な宇宙論は、その発展形やバリエーションを生み出すにはあまりにも完成されていたため、空海以降の真言宗では、教理判断よりも真言理解の実践へと向かって行きました。
これに対して、同時代のライバルであった最澄の天台宗は、空海の思想ほど完璧ではなかったため、最澄の後に、様々な解釈と発展を遂げていきます。そして、平安初期から中期への密教全盛を経て鎌倉時代に入ると、叡山天台(最澄にはじまる日本の天台宗)から派生した「新仏教」の百花繚乱となり、その宗教的風景は現代にまで鮮やかに受け継がれることになります。
「画竜点睛を欠く」といいますが、空海は点睛をしっかりと記したことで多様性の道を閉ざしてしまい、最澄は図らずも点睛を欠いたことで、仏教の多様性の道を開いたのでした。
今回は、前回触れた真言の宇宙観からスライドして、叡山天台から生み出された思想の中に、「内なる聖地」を探ってみたいと思います。
【本覚思想】
叡山天台は、円・戒・禅・密の四つの総合であるとされます。円は「円教(えんぎょう)」すなわち円満で完全な教えということで、ベースとなる中国の天台宗を指します。戒は戒律のことですが、鑑真の思想を元にした叡山天台独自の大乗戒のことです。禅は禅の行法、密は密教のことです。その基本原理から叡山天台には多様性が含まれていることがわかります。第三代天台座主となった円仁は浄土念仏を招来し、これがきっかけとなって、比叡山はますます多様性が強くなり、様々な行が並立する一大仏教センターへと発展していきます。
第75回で空海や最澄と同時代の僧であり、南都仏教の法相宗の代表的な論客であった徳一を取り上げましたが、最澄と徳一の間には「三一権実諍論」という有名な論戦がありました。
この論戦で、最澄は大乗的な観点から、悟りの境地はすでに生きとし生けるものすべてに宿っていて、それを意識しさえすれば誰でも別け隔てなく悟りに至ることができると主張しました。これに対して、徳一は悟りに至るためには、はじめから規定された資格とさらに悟りを目指そうとする意志がなければならないと主張しました。論争は決着を見ないまま最澄が亡くなり、また徳一亡き後法相宗が有力な跡継ぎのないまま衰退していったため、そのままとなってしまいます。
この三一権実諍論で最澄が主張した見解は、のちに本覚思想へと発展し、比叡山の特徴である多様性と相まって、現代に残る多くの宗派を生み出していくことになります。
『即身成仏義』の中で、空海は物質および精神の具体的・現実的事実の世界がそのまま根源的な原理である大日如来の法身に内包されていると説きます。そして、私たちの精神=自我もその一部であるから、私たちは本来的に仏であり、修行はそれを自覚していく過程であるとします。最澄が徳一との論争で主張した立場も、大日如来と叡山天台の本尊である阿弥陀如来が異なるだけで基本的に同じです。
真言宗では空海亡き後、即身成仏の概念をこれ以上に発展させる後継者は現れませんでしたが、叡山天台ではこの思想が本覚思想として発展します。
すべての衆生に悟りの可能性があるという考え方は、すでに大乗仏教の中に、如来蔵思想や仏性思想と呼ばれるものがありました。しかし、それは衆生の悟りの可能性を単に示差するもので、具体的なプロセスが示されていたわけではありませんでした。衆生の悟りへの一つのプロセスを示したのが先に挙げた空海の『即身成仏義』だったわけです。
叡山天台では、そのプロセスがさらに具体化されます。はじめ衆生はみな「不覚」であり、自らに「本覚=悟り」が先見的に内在されていることに気づかない。本覚の内在に気づき、それに向かって進み始めること、それが「始覚」です。そして、ここから本覚へ向かっていく道は多様にある。それが本覚思想です。
始覚から本覚へ向かって進むプロセスは、叡山天台の多様性の中で様々な形が生み出されていきました。それが現代に続く百花繚乱の鎌倉仏教の担い手たちに受け継がれていくのです。
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