聖地学講座第17回のコラムより転載
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今回の若狭のツアーでは、古代史や日本の古来からの文化に詳しい方々が参加してくださいました。
その中で、京都伏見で酒蔵を営まれているSさんが、面白い話をしてくれました。それは、伏見の酒蔵さんの間では、「神無月」を「醸成(かもなす)月」と昔から呼んでいるということでした。
旧暦の10月にあたる「神無月」は、一般には日本中の神々が出雲に集まり、留守になってしまうのでこう呼ばれると伝えられています。そして、日本中の神々が集まる出雲では逆に「神有月」と呼ばれると。
ですが、新暦の10月下旬から12月上旬に当たるこの頃は、各地で祭りが多く開かれる時期で、神無しと呼ぶには矛盾があります。調べてみると、「神無月」という言い方がされるようになったのは中世の頃で、それが後世に定着したようで、中世以前の呼び名ははっきりしていないようです。
この時期はちょうど酒を醸造するために新穀を仕込む時期に当たり、「お神酒」という名もあるように、そもそもが酒は神に捧げるものとして仕込まれたものですから、Sさんの言われる説のほうが納得がいきます。
さらには、暦は自然の移ろいを表したり、季節に合わせた年中行事を示すのが普通で、睦月からはじまり師走で終わる旧暦の月の呼び名にしても「神無月」以外は、すべて自然現象やそれに合わせた習俗を名前にしているので、この中に収めるには「醸成月」のほうがしっくりきます。
酒蔵という仕事はとてもデリケートで、仕込みに最適な時を選び、さらに熟成中は発酵の進み具合を見極めながら温度や湿度の管理、撹拌の程度などを判断して行かなければなりません。そして、最後の仕上げとして蔵出しするタイミングも見極めなければなりません。
季節の微妙な変化を感じながら、繊細な生き物ともいえる酒を育てていく仕事だからこそ、1年を便宜的に12ヶ月に分割した新暦ではなく、より季節に寄り添う感覚に近い旧暦のほうを身近に感じ、「醸成月」という呼び名もいまだに使われているのでしょう。
ちなみに、Sさんの先代に当たるお父様は、長い蔵元としての経験から、酒造りに適した暦法を独自に生み出し、引退した今もその独自の太陰太陽暦に即して生活されているのだそうです。
Sさんの奥さんは、「春の七草も一ヶ月くらいズレてしまいますから、わざわざ七草を冷凍しておいて、父の暦の人日の節句に七草粥を作るんですよ」と笑われていました。
そうした暦を元にしたSさんの酒蔵の銘酒「英勲」は、全国新酒鑑評会で14年連続金賞を獲得しているのです。
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『英勲』製造元・齋藤酒造
http://www.eikun.com/
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